「蔵丁稚」
★あらすじ 船場の商家の丁稚の定吉は大の芝居好き。今日も朝の十時頃、島之内まで使いに行って夕方に帰って来た。
旦那が道頓堀で芝居を見ていたのだろうと聞くと、心斎橋筋で母親とバッタリと会い、足腰が立たず去年の秋から臥せっている父親のために千日前の不動さんへお百度踏みに行っていたと言い訳する。
旦那は父親は元気に正月にあいさつに来たばかりだと嘘を見破ると、定吉は男のくせに紅白粉(おしろい)ベタベタ塗って、袂(たもと)の長いもん着てゾロゾロゾロと、あんな気色の悪い芝居なんか大嫌いだと心にもない言いようだ。
旦那はお向いの佐助はんが今度の中座の芝居が面白いと言ってたので、店の者全員で芝居見物することになったが、お前は芝居嫌いなら留守番だと罠を仕掛ける。芝居見物と聞いて目の色が変わり、留守番する羽目になるかも知れないとあわてだした定吉に、旦那はさらに餌をまく。
旦那 「今度の芝居は忠臣蔵の通しで、なかでも五段目が評判で、出てくる猪が立派で前足を中村鴈治郎、後足が片岡仁左衛門・・・・」、クスクス笑い出した定吉、「五段目の猪ね、大部屋の役者が一人でやりまんねん。成駒屋と松島屋がやるやなんてアホくさい、よそ行ってそんなこと言うたら旦さん笑われまっせ」と、自慢げにペラペラと喋り始めた。
旦那 「わしゃ、佐助はんに、ちゃんと聞いて言うてんねんで」
定吉 「わたいは今まで見てたんや」で、見事に芝居好きの猪は生け捕られてしまった。
旦那は今日は勘弁できんと、哀れ定吉は三番蔵へ放り込まれてしまった。
忠臣蔵の芝居を四段目、五段目、六段目と見続けてしまい、朝飯の後何も食べていない定吉、腹が減ってしょうがないが、「ご飯、ご飯」と呼べど叫べど蔵の外からは何の応答もない。定吉は今日見た芝居のことを思い出して、空腹を紛らし始めた。
何と言っても判官腹切りの四段目が圧巻だったと、葬礼差し(そうれんざし)の短刀を見つけた定吉の一人芝居の幕開けだ。「力弥、力弥、由良之助は」、「ははぁ、未だ参上、仕りませぬ」、「存生 (そんじょう)に対面せで、残念なと伝えよ」、「ははぁ〜・・・・・」、左手に九寸五分をこう持って、右手に三方をおし戴いて後ろへ回し、尻の下にぐっと敷く。刀が左手にあるうちは、まだ物が言えるそおや。「存生に対面せで、無念なと伝えよ・・・・・・」、そこへ飛び出して来たのが国家老大星由良之助で、「御前ぇ〜ん〜」、「ゆ、ゅ、由良之助かぁ〜」、「は〜っ」、「待ちかねたわやいのぉ・・・・・」
さて、女中のお清どん、朋輩のよしみで、蔵の中の定吉を心配して、物干しに上がったついでに三番蔵の窓越しに見ると、薄暗がりの中でピカピカ光る刃を振り回してる。びっくり仰天、バタバタと下りて旦那の所へ、「蔵吉どんが定の中で・・・・・定吉どんが蔵の中でお腹切ったはります!」
旦那 「えっ、何だって!えらいこっちゃないかいな、体は奉公に取ったぁるが命まで預かったわけじゃありゃせんで」、すっかり慌てた旦那、お櫃を小脇に抱え込みバタ、バタ、バタ、バタッと三番蔵へ。戸をガラガラガラガラ・・・・・、 お櫃を前へグ〜ッと突き出して、
旦那 「御膳〜ん」
定吉 「蔵の内でかぁ〜・・・・」
旦那 「ははぁ〜っ」
定吉 「待ちかねた」
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「浮絵忠臣蔵 四段目」判官切腹の場面。(歌川国直画)
座敷中央奥に判官、その右傍らには上使の石堂と薬師寺が並ぶ。
力弥は画面左側、腹切り刀を三方に載せて捧げ持ち、判官のいる奥へと歩む。
「浪花百景」道頓堀角芝居 歌川国員画
道頓堀は芝居小屋が密集する浪花随一の繁華街だった。
道頓堀の南にあった角芝居が描かれている。
★桂枝雀の『蔵丁稚』【YouTube】
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