「鍬潟」


 
あらすじ 「山椒は小粒でひりりと辛い」とはいうものの、背丈が二尺二寸ではいくらなんでも小さ過ぎる男。甚兵衛さんにもう少し大きくなれないかと相談に行く。

甚兵衛 「困ったな。引っ張り伸ばすわけにも行かず・・・どうだい、相撲取りにでもなって見たら」

小男 「甚兵衛さんまで、俺を馬鹿にするんですかい」

甚兵衛 「そんなことはないよ。昔、身の丈が三尺三寸しかない鍬潟が六尺五寸もある雷電を負かしたことがある」

小男 「雷電に金を払って八百長相撲で負けてもらったとか・・・」

甚兵衛 「いいや、金や力で勝ったのではない。知恵で勝ったんだよ。なにせあの頃は、雷電が強過ぎて客の入りが悪くなった。勧進元は何とか客足が増えるようにと、千秋楽に面白い珍しい取り組みを考えて、大男と小男の一番となったんだ」

小男 「客と勧進元はそれでいいでしょうが、負けると分かっている鍬潟は可哀想で・・・」

甚兵衛 「鍬潟は負けるにしてもただで負けるのは癪に障る。何かいい手立てはないかと考えた末、身体中に油を塗って土俵へ上がった」

小男 「油なんか塗ったって雷電は屁とも思わないでしょ」

甚兵衛 「鍬潟にはまだ作戦がある。行司の軍配が返っても立ち上がらずに待ったの連続だ。九十六回も待ったを続けた。雷電はこいつは百回まで待ったするつもりだなと少し油断したな」

小男 「雷電もよく数えてましたね」

甚兵衛 「雷電の油断を見て取った鍬潟は九十七回目にサーッと素早く立ち上がって、土俵の中をクルクルと回り始めた。雷電は一掴みで土俵から摘まみ出そうとするが、体に触るとツルリツルリ。鍬潟にあちこちと動かれていい加減目が回って来た雷電の後ろに回った鍬潟が、尻を思い切り突くと雷電は前につんのめってバッタリと土俵に手をついた。観客はやんややんやの大喝采・・・」

小男 「あっしも一生懸命稽古したら二代目の鍬潟になれませんかねえ?」

甚兵衛 「二尺二寸ではなあ・・・お前が本気なら成れるか、成れないか、わしの知り合いの三保ケ関親方へ世話してやろうか。その代わり稽古は辛いぞ、辛抱できるか?」

小男 「どんな辛抱でもします」、ということで甚兵衛の手紙を持って三保ケ関部屋へ。親方は子どもが甚兵衛さんの手紙を持ってきたと思ったら、これが弟子入り志願の当の本人。追い返すわけにも行かず、弟子に稽古の真似事をさせればすぐに怖くなって諦めて帰るだろうと、稽古土俵へ入れた。

 弟子もこんなに小さくては稽古にもならないが、当人はすっかりその気で、転がされようが、摘まみだされようが、潰されようがこりずに向かって行く。さすがくたくたに疲れて今日はこれまで。

 見ていた親方も根性だけには感心して冗談半分に、「甚兵衛さんにいい弟子を世話してくれたと言ってくれ。未来の横綱が出来ますって。お前も毎日稽古に励めば身体もずーっと大きくなる。明日も早く来いよ」

 すっかり気を良くした小男、意気揚々と家に帰ると疲れがどっと出て、そのままバタンキュウで寝てしまった。夜中に目を覚ましてぐっと伸びをすると布団から足がはみ出している。「やっぱり稽古はするもんだ。親方の言うとおりこんなに身体が大きくなった」、よく見ると座布団掛けて寝ていた。



        



雷電の母にゆかりの仁王像 (薬師堂) 《地図
説明板』・『善光寺街道②



雷電の碑(右) 「説明板
雷電にあやかり立身出世、勝負事に強くなるように、
削ったり欠いたりして持ち去られ、碑文が読めなくなって
新しい碑(左)が立てられた。 《地図
ここを右折すると雷電の生家跡がある。『善光寺街道①



養蓮寺
雷電が江戸から着物のたもとに入れて持ち帰ったという
雷電の袂(たもと)鐘」を吊るす鐘楼。
雷電は幼少期にこの寺で寺男をしていたともいう。
『善光寺街道①』



甘酒茶屋跡(左の武藤自動車の所) 「説明板
このあたりは臼井宿の上宿で、看板娘のおはんさんを雷電が見初め妻にした。
相撲界から退いた後は永くこの地で暮らしたという。
成田街道③



雷電の碑 「説明板



雷電の墓がある報土寺の築地塀(港区の三分坂)






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