★あらすじ ある国の殿様、武芸一筋の家風で芝居を見たことがない。殿様は武芸だけでは人心も殺伐として来るだろうと、江戸の猿若町から役者を呼んで、家中の者や領内の住民と共に芝居を見ることにした。
さて当日は近郷近在から大勢の見物人が押し寄せて大盛況だ。出し物は「蔦紅葉宇都谷峠」で、いよいよ文弥殺しの佳境の場となり、伊丹屋十兵衛が文弥を殺し百両奪って懐へ入れようとすると、見物席から殿様が目に一杯の涙を浮かべてすっくと立ち上がり、「盲人を殺して金を奪うとは不届き千万、あやつを召し捕れ」と叫んだ。
鶴の一声で家来たちは舞台に駆け上り、哀れ十兵衛の役者は御用となってしまった。あわてたのが芝居小屋の頭取、あれは芝居の中のことと言っても、頭に血が上っている殿様には通じない。そこで、
頭取 「文弥は殺されましたが毛せんで隠しましたので生き返って、十兵衛の身を案じて楽屋におります」
殿様 「何に、毛せんで隠せば蘇るというのか。これ三太夫!」
三太夫 「はっ、はぁ!」
殿様 「余の先祖は石橋山の合戦で討ち死にしたが、その折に毛せんはなかったか」
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