★あらすじ 日本橋横山町の小間物屋、丹波屋善兵衛の若旦那の徳三郎。この頃、ろくに飯も食わずにやせ細るばかり。大旦那が心配して甘井洋漢先生に診てもらうと、恋患いではないかという。
大旦那 「うちのせがれなどは、まだカラ子どもでそんな気が出そうでもないが・・・」
忠蔵(手代) 「若旦那だって何時までも子供じゃございません。”桃、栗三年柿八年、柚(ゆず)は九年で成りかかる”とも言います」
大旦那 「お前に何か心当たりでもあるのかい?」
忠蔵 「先だって若旦那のお供で不動様へお参りいたしました時に、若旦那はすれ違いました綺麗な娘さんの後ろ姿をずっとぼぉーっとして見ておいででした。すると娘さんも振り返ってニッコリ、それから若旦那は御病気で・・・」
大旦那 「へえ、そんなことがあったのか。しかしどこの娘かわ分かるまい」
忠蔵 「ところが私は知っております。ここから一丁半ばかり先の突き当りの棟割長屋の岩田角左衛門という御浪人のお嬢さんで、たしかおつるさんで今年で十八かと・・・」
大旦那 「それは困ったな。相手は浪人と言えども武士の家柄・・・」
忠蔵 「心配は御無用です。私はそういう掛け合い事の名人で・・・私が話を着けて参ります。岩田さまはだいぶ貧乏をしているご様子で、夜は売卜などをしているようで・・・十両ばかり持参して行こうかと思います」
早速、忠蔵は十両持って岩田家に縁談交渉に乗り込むが、
角左衛門 「拙者、浪人の身とはいえ武士は武士。たとえ餓死するとも金銭を以て娘は売らん。つる、刀を出せ!さあ、忠蔵とやら、それへ直れ、真っ二つにしてくれる」、あてがはずれて忠蔵、裸足のまま逃げ帰って第一ラウンドが終了。
忠蔵がことの顛末を大旦那に話すと、
大旦那 「私もそうだろうとは思った。随分世間の奉公人には有り勝ちのことだ。主人が喜ぶようなことを言い、先方へ行ってもおいしいようなことを言って、間へ入って十両でも何でもなんてぇ奴が、世間の奉公人にはあり勝ちでな・・・」、大旦那のあまりの言いように、頭に来るやら情けないやらで、
忠蔵 「そこまで疑われるのでしたら、もう一度、斬られる覚悟で先方に掛け合って参ります」と、まるで決死隊の形相で岩田家に乗り込んだ。
角左衛門 「なんだ貴様、また参ったのか!あくまで武士を愚弄いたすか。さあ、それへ直れ」
忠蔵 「ヘイ、もう直っております。ただ一言、臨終の際に私の申し上げますことをお聞き入れを願います。若主人が当家のお嬢様に恋焦がれての病気。私が死んだ若主人とお嬢様との縁談をお許し願います。私の命は捨てますが、若主人の命は助けとうございますから、どうかこの儀を御承知下さいまし」と、格好良すぎる口上だ。
角左衛門 「う~ん、天晴だ。汝の忠義感心いたした。その忠義の志に愛(め)でて明日ともいわず今日只今、其方主人の所へ娘を嫁に遣わすぞ」、忠義、忠義に喜んで娘さんの気持ちなんぞ確かめていないのだが、すっかり縁談はまとまり、角左衛門はちゃっかり十両は懐に収めた。
店へ帰ってこの話をすると大旦那は大喜びで、「そうかでかした。これはお前さんのおかげ、手柄だ。お前から徳に話してやっておくれ」
忠蔵が閉め切った徳三郎の部屋に行くと、今にも死にそうな声で、「あぁ、忠蔵か、話がまらないというから、今夜にも舌を噛み切って・・・」
忠蔵 「おっと、早やまっちゃいけませんよ。私が二度目に行って話をしましたら、先方の親御さんもすっかり得心して、お嬢さんが今夜にもこちらへお嫁に来ることになりましたから・・・」
徳三郎 「それは本当かい、ありがとう。・・・ああ、急にお腹が減ってきた。うな丼五つばかり」
吉日を選んで婚礼となって、夫婦仲も睦まじく、両親も安心をして若夫婦に世帯を譲り、そばへ隠居所を設けて誠に気楽に余生を送っている。目出度し、目出度しでは、「薙刀傷」に傷がついちまう。
三年が経った秋の夜中に賊が押し入った。店の者たちを荒縄で縛り上げて、若夫婦の寝所に入り、
親分 「ヤイ、この横山町で一、二を争う金満家ということを聞いて入(へえ)ったんだ。有り金残らず出しちまえ。ヤイ、女(あま)、金のある所へ案内しろ」、そこは武士の娘、微塵も慌てず騒がず、悠々と落ち着きはらって、雪洞(ぼんぼり)を持って、
つる 「はい、只今ご案内を致します」、と土蔵の前へ三人の賊を連れて行って、
つる 「これにて少々お待ち下さい。只今土蔵の中から金子を持って参りますから・・・」と、賊どもを土蔵前へ待たせておいて、中へ入ったおつるさん、しばらく経つと出て来たその扮装(いでたち)たるや、鉢巻をキリリと巻き、襷(たすき)十字に綾どり、小褄を絡(から)げ、薙刀を抱い込んで、
つる 「さぁ~て、賊ども静かにいたせ。望みどおりに金は遣わすが、ただは遣わさん。このつると勝負に及び、妾(わらわ)が負ければ何ほどでも遣わすが、妾が勝てば一文たりとも渡すことは相成らん。いざ尋常に勝負、勝負!」と、大音声を張り上げた。
親分 「なにをほざくこの生意気な女めが。それやっちめえ!」、「おお、合点だ」と、前後から三人の賊が斬って掛かるを、三っつの時からに薙刀を仕込まれた腕前のおつるさん。まるで女牛若丸ように、あっちへヒラリ、こっちへヒラリ、自由自在に薙刀を使って、三人の賊に傷を負わせてしまった。
こりゃあとてもかなう相手ではないと賊たちは逃げにかかる。やっと表へ出て、
親分 「おい、何だいあの女は、あれゃ化け物だ。俺は三寸ばかり股(もも)をくり抜かれちまった」
子分甲 「あっしは肩を八寸ばかりそがれちまった」
親分 「お前はどこか斬られたか?」
乙 「おらぁ、手の指一本切られて落ちかかっている」
親分 「驚いたなぁ。どうでぇ、こういうのは、ももくり三寸・・・」
子分甲 「肩(柿)八寸・・・」
子分乙 「指(柚)は九本になりかかる」
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