「中村仲蔵」


 
あらすじ 相中から名題になった中村仲蔵についた役は、忠臣蔵五段目の斧定九郎の一役。山崎街道で夜具縞のどてらにたっつけをはいて草鞋(わらじ)姿、山岡頭巾を被って与市兵衛の追っかけて出て来るという、どう見ても山賊の出で立ちだ。元来、名題のやる役どころではない。
 そこは芸熱心な仲蔵、かねてから五万三千石の家老職、斧九太夫のせがれの定九郎の着付け、演じ方に疑問を持っていた。なんとか工夫して新しい定九郎にしたいと考えるが、いい知恵が浮かんでこない。苦しい時の何とかやらで、柳島の妙見様へ願掛けに日参する。
 ちょうど満願の日、法恩寺橋まで来ると急な雨、そばの蕎麦屋で雨宿り。考えるのは初日も近づいたがまだ工夫が浮かばない定九郎の役のことばかり。そこへ、「ゆるせ」と入って来たのが浪人風の武士。年頃、三十二、三、背が高く、細身で色白、五分月代、黒羽二重の紋付に茶献上の帯、大小を落とし差しにして、尻をはしょり、破れた蛇の目傘をポーンとそこへ放り出した。月代から垂れるしずくをぬぐい、濡れた着物の袂のしずくを切っている。妙見様の引き合わせか、仲蔵は「これだ」と喜び、妙見様へお礼参りをして帰って支度に取り掛かった。
 いよいよ明日が初日という前の晩に仲蔵は女房に、「もし、今度の定九郎の役をしくじったら江戸を離れて2.3年修行をして来る」と、打ち明けた。
 さて初日の幕が開いてとんとんと、二段目、三段目から四段目の判官切腹の場、六段目はお軽の身売りから勘平の腹切りで客も熱心に見るが、五段目はどてら姿の定九郎なんか見ても面白くもないと、客が飲み食いする「弁当幕」だ。ざあざわと話しながら飲み食いしていた客たちがひょいと舞台を見ると、いつもとは違う身形(なり)の定九郎が水をぽたぽた垂らしながら駆け出して来た。あまりの意外、迫力に客席は静まり返り、掛け声を掛けるのも忘れている。
 褒め言葉の一つでも掛かるのを期待していた仲蔵はてっきりしくじったと思ったが、段取りどうり最後まで演じきって楽屋へ引き下がる。楽屋の誰一人も口を聞かない。仲蔵は呆れ返って口もきかないんだと思い込み家に帰る。
 旅支度をして女房と別れの酒を汲みかわし表へ出る。すれ違う人の間から、「・・・どうだい、今日の定九郎・・・」、「・・・大した役者が出たもんだ・・・」、「・・・あれを見なきゃ江戸っ子の恥だ・・・」、なんていう声が聞こえて来た。仲蔵は「・・・まんざら悪いんでもなかったんだ。逃げ出すこたぁない。家へ帰ろう」と、ばつが悪いので裏口から帰って来た。ちょうど師匠の中村伝九郎からの使いが来ていて、すぐに来るようにとのこと。
 叱言(こごと)を覚悟して師匠の前に出た仲蔵に、「・・・定九郎はあれでなくちゃならない。お前は大した役者になる・・・」と師匠。
 喜んだ仲蔵は一層芸の道に精進して、名優の名を残した。



中村仲蔵(初代)の斧定九郎
中村仲蔵は落語『淀五郎』にも登場する。
        


柳しま(江戸名所百景)・柳島妙見(江戸名勝図会)
手前が横十間川、中央が北十間川、柳島妙見堂、左上は筑波山

柳島妙見堂」


古今亭志ん生の『中村仲蔵【YouTube】


柳島妙見堂(法性寺)



法恩寺橋(大横川



与市兵衛の墓(説明板
五段目・山崎街道の場で斧定九郎に殺された。
創作上の人物ではあるが。『西国街道➀





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