「寝床」  桂ざこば

 
★あらすじ 今日は浄瑠璃の会の日で旦那はそわそわ、嬉しくて落ち着かない。三味線のお師匠さん、料理、酒、お菓子すべて準備万端だ。そこへ町内を回っていた久七が帰ってくる。

 久七が言うには、@提灯屋は三つの町内の祭りの提灯を頼まれ夜通しで張らなければならず今日の浄瑠璃の会は欠席。A豆腐屋は親戚の法事の揚げ物を頼まれ、これも夜通しかかるので欠席。B金物屋の佐助は、頼母子講で今回は自分がもらう分なので欠席。C甚兵衛さんはおかみさんが臨月で今晩にも産まれそうなので欠席。D手伝い(てったい)の又兵衛は観音講導師で先達なので欠席。E長屋の連中は奥のやもめがコロッと死んで通夜なので欠席。F店の番頭は付き合いの酒で二日酔いで寝込んで欠席。G太七は眼病で欠席。浄瑠璃の悲しい場面を聞くと涙が出て、これが普通の涙と違って塩分が多く、眼病には悪いと医者から言われているという。Hおかみさんは旦那の浄瑠璃の会があると聞き、今朝から2.3日里帰り。

 じゃあ久七、お前はどうだと聞かれ、何の因果か体は丈夫だ、私さえ旦那の浄瑠璃を聞けばいいんでしょとあきらめ半分やけくそ半分で居直る。これを聞いた旦那、もう生涯、浄瑠璃は語らないと宣言し、人の情けの分からない長屋の連中にはすぐ店(たな)を空けて渡してもらい、店の者には暇を出すとかんかんだ。

 久七はこれは穏やかなことではなくなってきたと、また長屋を回りに行く。事情を察した、町内、長屋、店の連中が集まってくる。どうしても旦那の浄瑠璃が聞きたくて仕事が手につかない、今夜の仕事は他の店に回してきた。玄人の浄瑠璃は金さへ払えばいつでも聞けるが、旦那さんは気がむいた時にしか語らない。旦那さんの浄瑠璃には玄人には語れない素人の味がある。なんて一生懸命持ち上げてなんとか語らせようとする。

 旦那は三味線のお師匠さんも帰して、舞台も壊してしまったから語れないと言う。なおも頼む連中に生涯浄瑠璃は語れないと言った手前、今夜は無理だから次の会の時にしようと強情だ。

 すると、どこからか「芸惜しみ」の声がかかる。これを聞いた旦那、顔がほころんでくる。「芸惜しみ」そこまで言われたら語りましょところっと変心する。

 そんなこんなで、さあ、浄瑠璃が始まった。舞台の御簾内で、旦那のうなり声、まるで豚のあえぎ声だ。観客連中はまともに旦那の浄瑠璃に当たったら一大事と頭を低くして酒、料理、お菓子に取りかかる。たらふく飲み食いし、目の皮がたるんできて、皆、座敷へゴロッと転がり寝込んでしまう。

 相変わらず舞台で雄たけびを上げていた旦那だが、張り切りすぎて語ったので疲れてきて一休み。観客のことが気になり、自分の芸に熱心に聞き入っている様子を見ようと御簾を上げてびっくり。
 市場のマグロみたいに全員横たわって寝ている。これを見た旦那、皆を起こしカンカンだ。ふと見ると誰か泣いている者がいる。丁稚の定吉だ。旦那は浄瑠璃が悲しくて泣いているのだと思い、

旦那 「どこが悲しかったんや。最初の方か、中頃か、終いの方か」

定吉 「浄瑠璃が悲しいて泣いてんねやおまへん。皆寝ているのにわたいだけ寝ることがでけしまへんので・・・」

旦那 「なんでお前だけ寝ることがでけんのや」

定吉(舞台を指差し) 「旦はんが語っているところが私の寝床でございます」


   

この噺は初めて聞いた時から面白い、よくできた落語だと思っていましたが、カラオケが流行るようにやってからは尚更の感じです。「泣く子と地頭には勝てぬ」とはよく言ったもので、わがままな旦那に「浄瑠璃が聞けぬなら、借家を明け渡せ、店の者にも暇を出す」と伝家の宝刀、黄門さまの印籠を突きつけられたらどうしようもありません。
 生涯浄瑠璃を語らないとだだをこねる旦那になんとか語らせようと、あれこれと旦那を持ち上げ、最後に「芸惜しみ」なんて殺し文句をぶつけられた旦那の表情、心情をざこばはおかしく、上手く表現していて見ものです。長屋の連中は、そこはげんきんなものでいざ始まると浄瑠璃なんかは聞き流し(聞いても理解できるような代物ではないのでしょうが)、飲み食いにせいを出すのは当然な成り行き。
 東京の噺では実際の浄瑠璃を語る場合もありますが、上方は語りの場面は旦那のうなり声くらいに省略しています。

手伝い(てったい)は、大家に出入りする職人で、なんでもできる便利屋。

頼母子講とは、「金銭の融通を目的とする相互扶助組織。組合員が一定の期日に一定額の掛け金をし、くじや入札によって所定の金額の融通を受け、それが組合員全員にいき渡るまで行うもの。鎌倉時代に信仰集団としての講から発生したもの。頼母子。無尽講。

観音講とは、@観音の徳を講讃する法会。A観音の信者の集まり。

導師とは、法会に際して集まった僧の中心となり儀式を行う僧。唱導師。


古今亭志ん朝の『寝床【YouTube】


97

演目表(1)へ    表紙へ    次頁へ

アクセスカウンター