「猫久」


 
あらすじ 猫のようにおとなしく、怒った顔など見せたことがなくて、猫久さん、猫さん、そのまま猫などと呼ばれている八百屋の久六が血相変えて家に駆け込んで行った。かみさんに、「今日は勘弁ならねえ、あいつを叩き斬るから刀ぁ出せ」、するとかみさんが止めると思いきや、奥から刀を持ってきて神棚に上げて拝み、三度ばかり頭の上に戴くと亭主に渡した。刀を受け取りるや否や猫久さんは表へ飛び出して行った。

 これを見ていたのが、いつもボォーっとしている熊さんだ。長屋に帰るや今見てきたことを女房にご注進だ。「気違いに刃物だよ、かみさんは止めりゃいいじゃねえか、猫久に刀を渡しやがったよ、変わったかみさんだ」、熊さんの女房は「猫さんのかみさんが変わってるのはとうに知っている。長屋で一番早く起きるし、井戸端で会うと”いいお天気でございます”なんていったりする」と平然としている。何か変だなぁと思う熊さんだが、むろん反論する術(すべ)もない。女房はそんなことより昼飯は鰯(いわし)のぬただからイワシをさばいてくれという。

 熊さんはイワシ、イワシとうるさい女房から逃げて髪床へ行く。髪床の親方は「猫が暴れ出したって噂じゃあねえか」と、もう猫久の刀一件のことを知っている。現場を見ている熊さんは得意げに大声で話し始める。「猫は魔物とはよく言ったもんだ。・・・口が裂けて目がピカピカ、火炎をピューと吹き出し、黒雲を呼んでビューと行っちまった。凄いの何の・・・、周りに怪我人、死人が出るね」、これを奥で聞いていたのがでっぷり太った中年の。人畜に危害を加える猫の化け物、猫又でも出たと思い、退治するから猫又の出た所に案内しろとしゃしゃり出てきた。

 困った熊さんはさっき見た猫久とかみさんのやりとりを詳しく話し始めた。「・・・かみさんは止めなきゃいけないのに、刀渡しちまった。馬鹿じゃねえか大笑いの面白い話だ」、すると侍は真顔で「笑う貴様がおかしいぞっ」、あわてた熊さんは侍が猫久の親戚か知り合いと思ってあやまり始めた。侍は熊さんに話して聞かせる。「・・・血相変えて我が家に立ち帰り、”刀を出せ”とは男子の本文よくよく逃れざる場合だ。・・・女房なる者、夫の心中をよく測り刀を渡したのみならず、それを神前に三遍戴いたのは、先方に間違いのなきよう、夫に怪我のあらざるよう、神仏に祈るその心底、天晴れ(あっぱれ)な女丈夫、貞女、孝女、賢女、烈女なり、拙者にも二十四になる倅(せがれ)が居るが、そのような女を娶(めと)らせてやりたいものだ」と褒めちぎった。

 熊さんはこの話を女房にしようと中途半端な頭のまま長屋に帰って来る。「早くイワシをやれ」とうるさい女房に熊さん、「・・・さっき笑った貴様がおかしい・・・・男子の本分、逃れ笊屋(ざるや)と喧嘩して・・・夫に怪我のあら・・ざらざら・・・、拙者にも二十四になる倅が居るが」、

女房 「頭おかしいよ、お前二十五だよ・・・」

熊さん 「・・・戴くかかぁと、戴かねえかかぁ、戴くかかぁが本場よ。てめえなんざ戴けねぇだろ」

女房 「戴けるよ」、その時、イワシを狙って猫が入って来た。

熊さん 「ほら、何してんだ猫だ、猫が来たよ」

女房 「久さんかい」

熊さん 「本物の猫だ、どやしてやるからすりこ木(擂粉木)持って来い、早く!」 

女房 「今持って来るから」と少しもあわてず、すりこ木を神棚に上げて、頭上(あたま)に三遍戴いてから亭主に渡した。


      
        



立川談志の『猫久【YouTube】



猫又坂 《地図》(説明板) 『谷端川跡を歩く



猫娘電車(境線の境港駅) 『境往来②


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