「大男の女郎買い」


 
あらすじ 日本橋石町の商家の旦那が、大男で大酒飲みの関取を連れて吉原のなじみの大見世にあがった。大男の扱いに困った見世が右往左往するのを眺めて楽しもうとする魂胆だ。

 関取は大き過ぎて表から入れず、表から二階へ這い込んだ。まるで奈良の大仏さんが夜這いに来たようなあんばいだ。

 芸者、幇間が来て、酒、肴が並ぶ。
旦那 「関取は並の杯では呑み込んでしまう。大きいものはないか」、「水甕ではどうでございます。大きいもので三荷は入ります」
旦那 「それくらいなら間にあうだろう。酒は冷でないといけないよ」、関取は並んだ菰かぶりを、大きなひしゃくで水甕に汲ませて、「ごっつあんです」と、がばがばと飲んで行く。まるで酒呑童子の酒盛りだ。

 水瓶で冷酒をグイグイと飲んだ関取は、さすがに眠くなってコクリコクリ。
旦那 「酒の席で居眠りしているのはうまくないから、どこか隅の方へ転がしておきな」、「・・・どうせ石町さんは困らせようと思って来たもんだから、こっちも大見世の見識を見せて、ちっとも困っていないことを見せよう」と、座敷の襖をはずして、布団をずらーと並べて、長持ちを毛せんでくるんで枕にして関取を寝かせた。

 熊野浦へ上がったのように長々と横たわっている関取に布団を掛けて行く。まるで布団の虫干しのようだ。大きな荷物がかたづいてお座敷は盛り上がり、お引けとなった。

 関取の相方になった花魁は気が重いが、そこは商売、天下の吉原のプロだ。上草履をトントンと軽くは上がらないが、バッタリバッタリと響かせて関取の部屋に入った。

花魁 「おやすみなはいましたか」と、障子を開けて驚いた。関取はグウグウどころか、ガラガラと雷が落ちたようないびきをかき、富士山が噴火したような鼻息を天井向かって噴き上げている。このままでは天井は鼻息の熱で焼け落ちてしまう勢いだ。

 花魁の気配に気がついたのか、関取が寝返りをうつと家がぐらぐら、元禄の大地震、関東大震災よりも大きな揺れだ。こんなことに怖気づく花魁ではない。「ちょいと、ちょいと関取、関取・・・」

関取 「なんでえ」
花魁 「おまはんのお腹に乗っけてみなましな」、関取は指で花魁の体をつまんで、ひょいとお腹の上に乗せた。
花魁 「まあ、おそろしく高いこと。江戸中が見えるよ。あたいの家があすこに見えるよ」と、嘘っぽくはしゃいでいたが、「・・・おやおや、だんだん坂になってきた」、腹上からの展望を楽しんでいた花魁は腹の上をすべって穴ぐらへぼとんと落っこちた。

 花魁はもがいて這い上がろうとすると、「こらぁ、へその穴なぜくすぐるんだ」、こりゃたまらんと関取、また指で花魁をひょいとつまんで腹の上に出したのはよかったが、坂の途中に置いてしまってまた花魁はコロコロと転がり、スピードがついて薪雑棒のような物にぶつかって止まった。

花魁 「まあ、大男に大なんとかはないって本当だねえ。関取おまはんのは体に似合わない小粒だねえ」

関取 「馬鹿あ言え、それは毛だ」


    
    

 「石町」(コクちょう)は、中央区日本橋本石町3丁目、室町3.4丁目、本町3.4丁目のうち。このあたりは金融・経済の中心地で、大店の商家の旦那を「石町さん」と呼んだ。
本石町3丁目の北側の新道に「石町の時の鐘」(現在は、伝馬町牢屋敷跡の十思公園に保存)があった。「石町の鐘はオランダまで聞こえ」、長崎屋という旅籠があり、唐人、和蘭(オランダ)人などが江戸へ出て来た時の指定旅館だった。「長崎屋 今に出るよと 取り囲み」で、物見高い江戸っ子は動物園か、お化け屋敷にでも行くように長崎屋の入口にたむろして、一目、異人さんを見て話の種にしようとした。





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