「唖の釣り」


 
あらすじ 与太郎が七兵衛さんところへやって来る。

七兵衛 「よお、どこへ行って来たんだ」

与太郎 「土手へ行って来た」

七兵衛 「タコ上げでもして来たのか」

与太郎 「ガキじゃあるめえし、そんなことしやしねえよ。土手へ行ったらバカが大勢いた」

七兵衛 「誰だ、そりゃ」

与太郎 「魚釣っているいる人たちだ。いつ釣れるかも知れないのに、じっと糸を垂れているからバカだ。でも、それよりバカがいるから笑っちゃうよ」

七兵衛 「誰だ、そりゃ」

与太郎 「釣っている人の後ろで大きな荷物背負って、昼飯も食わないでずっーっと見ているバカだ」

七兵衛 「そんな間抜けな野郎はいやしねえだろ」

与太郎 「それがいるんだよ。あたいはその人の後ろでずーと見てたんだから間違えねえや」、まあ、この程度が与太郎さんです。

七兵衛 「おめえ、釣りをバカにするが、オレが釣りの好きなのは知ってんだろう」

与太郎 「夜になって出掛けんのを見たことがある。釣り竿かついで泥棒に行くのかと思っていた」

七兵衛 「そうじゃねえよ。ここだけの話だが、殺生禁断の上野の池に行ってこっそりと鯉を釣るのよ。その魚を魚屋に持って行って売りゃあ、結構な稼ぎになるというものよ。昼間から仕事もしないでブラブラしておめえみてえな奴と付き合っていられるのもそのお蔭よ」

与太郎 「儲かるんだったらあたいも釣りに連れてっておくれよ」

七兵衛 「駄目だそりゃ、おめえみてえのがいると足手まといで、ゆっくり釣れやしねえや」

与太郎 「そんなら、七兵衛さんは上野の池で釣りしてると、風呂屋と床屋に行って大声でバラすぞ」

七兵衛 「この野郎、単純バカと思っちゃいたが、いっちょ前に人の弱みにつけ込むとは恐れ入った。よし、一度連れて行ってやろう。今晩、夜更けにここに来い。釣り道具は貸してやるから心配ねえ。誰にも釣りに行くことは喋るんじゃねえぞ」、夜更けまで待ちきれない与太郎さん、暗くなるのを待って七兵衛の家へ行って、戸をドンドン叩いて、

与太郎 「七兵衛さん、早く上野のお池に釣りに行こうよ」、これだから七兵衛さんも大変だ。七兵衛はいざという時の対処方法を細かく話す。

七兵衛 「もし、見回りの役人に見つかったら、大声出してこっちにも合図しろよ。それから殺生禁断のお池であることは知っておりました。実は私の父が長の患い、余命いくばくもございません。今わの際に鯉が食べたいと申しておりますが、買う金もなく悪いこととは知りながらここで釣っておりました。この鯉を食べて親の喜ぶ顔を見ましたなら、心おきなく、正直に名乗って出る覚悟でございましたと言え。二、三発六尺棒で殴られるのは覚悟しておけよ」、与太郎がこんなに長い口上を覚えられるはずもないのだが、まあ、そこはそれということにして、二人は上野の森の池へ向かった。

 離れたところで釣りを始めた二人。与太郎はどんどん釣れて楽しくて、嬉しくてしょうがない。殺生禁断之地なんてすっかり頭からすっ飛んでしまって、キャアー、キャアー言いながら釣っている。

 これを見回りの役人が見逃すはずもなく、すぐに駆け付けて六尺棒で与太郎の頭をポカリ、ポカリ、ここまでは想定内だが、与太郎が「殺生禁断のお池であることは知っておりました」と聞くや、「知っていながら釣りをするとは不埒千万・・・」と、立て続けにポカポカポカ・・・と、六尺棒で連発。「痛えっ、痛え・・・七兵衛の話と違うぞ。五発までは数えられたが後は分かんねえや」なんて呑気なもんだ。

 役人は親孝行のためと聞いて大目に見てくれて無事無罪放免。七兵衛さんへの合図の声はすっかり忘れて、すっ飛んで家へ帰ってしまった。

 一方の七兵衛さんも与太郎のことなどすっかり忘れて釣りに没頭、集中していると。役人「おい、ご同役、あそこでも釣りをしている奴がおるぞ」と、駆けつけて来て六尺棒でど突いた。ど突かれたショックと、”あそこでも”で、与太郎も見つかって捕まってしまったのかと思ったら、急にあごがはずれてしまった。

 いざという時の、「・・・悪いこととは知りながら・・・」の決まり文句を言おうとするが言葉にならない。身振り手振りのジェスチャーで、大汗をかきながら必死に番人に言い訳をする。やっと番人も親孝行のためと納得、今晩はやけに親孝行が出現しやしないかと疑ったものの、「あい分かった。今晩かぎりは許してやる・・・」、やっと話が通じたとほっとしたら顎が元通りになって、

七兵衛「ありがとうございます」

番人「ああ、器用な唖だ。口をきいた」


  
        



不忍池
弁天堂の相輪のように見える?東京スカイツリー



ユリカモメ 『不忍池の水鳥



不忍池(「東都名所」・広重画)

不忍池






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