「しびん」

 
あらすじ 西国のある藩から大坂へ出て来た。明日は国元へ帰るという日、なにか土産物をと長町あたりの道具屋に入る。

 店内を見回して、「花活けがだいぶ出たおるな。あれは有田、その隣は清水か九谷か?・・・おぉ、庭の隅に変わった形の花活けがあるではないか」と、近づいて手に取ろうとする。

道具屋 「あっ、旦那様、 それはおさわりになりませんように、お手が汚れます」

侍 「手が汚れたら洗えば済む。この不思議な形の花活けは何と申す?」

道具屋 「へぇへぇ、それはその”尿瓶(しびん)”でございます」

侍 「ほぉ、しびんと申すかか。気に入った。値はいか程じゃ」

道具屋 「いえ、旦さん、それはちょっと・・・」

侍 「これこれ道具屋、売り惜しみはいかんぞ。それとも、ほかに先約があらば、何とか口実を設けて身共に譲ってくれ。是非ともこの珍しい花活けを国元へ土産としたいのじゃ」

 道具屋は侍の頭の先から足の先までをジロッと値踏みするように見て、こりゃあ物事を知らない田舎侍と値をつけ、尿瓶を売って一儲けを企む。

道具屋 「旦さまはお目が高うございます。それはちと値が張りまして・・・両いただきたいので」

侍 「う、何じゃ?・・・五両とでも申すか?」

道具屋 「へぇへぇ、さよで、 五両でございます」

侍 「五両とは安価じゃ。それでは五両受け取ってくれ」と、しびんを片手にぶら下げて店を出た。通行人が大小を差した身なりの立派な侍が、尿瓶片手に意気揚々と歩いて行くのを不思議そうに、可笑しそうに見ている。

 そんなことは一向に気づかない侍、宿屋に戻ると早速、床の間の花瓶の花を尿瓶に活けてさらに満足。そこへ国元へ持ち帰る本を頼んでおいた本屋がやって来て床の間の尿瓶花を見てびっくり。

本屋 「おや、旦那様、尿瓶に花とは何かのご趣向で? それはサラでございましょうな?」

侍 「サラでは面白うない。先刻、古道具屋で五両で求めたものじゃ」

本屋 「失礼ではございますが旦那様は”尿瓶”というものをご存知ないと見えますなあ」

侍 「何が存ぜぬと申すのか?」

本屋 「尿瓶は花を活けるものではございません。立ち居不自由な老人や病人が、小便をするものでございます」

侍 「何っ!小便を・・・」と、血相を変えた侍、「憎っくき仇は道具屋、真っ二つにしてやる」と、おっ取り刀で道具屋に乗り込む。

 一方の道具屋、古くて汚い尿瓶が五両で売れて笑いが止まらない。「これだから道具屋をやめることはでけんわい」と、一服していると、あの侍が目を血走らせ、刀の柄に手を掛けて、「道具屋ぁ~」と飛び込んできた。

 道具屋は逃げ出す隙もなくとっさに、「お腹立ちはごもっともでございます。お手討ちは覚悟のうえではございますが、ひと言申し上げたきことがございます。手前の老母の病いが・・・高価な朝鮮人参を買うためにはどうしても五両の金が要る・・・悪いこととは思いながらも親孝行のため・・・」と、涙ボロボロ、口から出まかせを連発。

侍 「くぅーっ、たわけ者! 我れにも一人の母がある、常々”そちは短気者、短慮を慎め・・・”とのご教訓。憎っくきやつなれど、親孝心に免じて命は助けてやる。以後慎め!」と、帰って行った。

 隣で店を出している道具屋、「お前は偉いやっちゃなあ。母やとか病気やとか言うて涙までこぼしよって。父も母も無いくせして、あれだけの嘘ついて・・・」

道具屋 「ほんまや、我ながら感心してんねん」

隣の道具屋 「けど、あの侍、偉いのか、アホなのか?五両返せとも言わんと帰りよった」

道具屋 「そら当たり前だ。ションベン(小便・破約)はでけん。尿瓶は向こうにある」




尿瓶(江戸時代後期の薩摩焼)『懐かし屋
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道具屋のあった長町あたり、今は電気街(でんでんタウン)になっている。
唐物屋」の「写真」、この噺の店はこんな立派ではなかったろうが。

長町裏には落語『貧乏花見』(江戸の『長屋の花見』)の貧乏長屋が並んでいた。
紀州街道①








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