「島原八景」

 
あらすじ 船場の出入りの商家にやって来た喜六が、一度島原へ行って遊んでみたいと言うと、
旦那 「そうか、一ぺんわしが案内したげよ。けどお供ではつまらんさかい、お前を旦那に仕立てて、わしがお供という趣向で行こう。そやなおまはんを彦だん、ということにしよう」

喜六 「ひょこたんでっか?」

旦那 「彦兵衛旦那や、わしが彦だんと呼んだらああ、ああと返事せえ。ちょっと彦だん」

喜六 「へえ、へえ」

旦那 「へえへえ、ちゅうたらあかんがな、鷹揚に自分の方がえらいんや、ちゅう顔してんとあかんで」

喜六 「わし、そんな窮屈なん、かなわんがな」

旦那 「その方が面白いのやさかい、上手くやってや」、旦那から上等の着物一式を借りて、旦那をお供にして喜六は島原の大門へとやって来た。

旦那 「さあ、ここが大門や。これが出口の柳と、唄にもなってる名代の柳や。島原には七不思議がある。入口を出口と言い、どう(堂)もないのに道筋(どうすじ)、下へ行くのを上之町、上へ行くのを下之町、橋もないのに端女郎、社もないのに天神さま、語りもせんのに太夫さん・・・太夫、天神、端女郎はみな遊女の格や」

 角屋に上がると、「扇の間へ、ごあな~い(案内)」
旦那 「さ、これからかしの式やで」

喜六 「何を貸してくれまんねん?」

旦那 「そやない。太夫さんがここへ出て来てあいさつするのや」、太夫が煙管で吸いつけて渡すと、旦那が煙草を一服してフゥーと吹いた。すると吸い殻が太夫のしかけ(打掛)にコロッと落ちてしまった。

喜六 「あぁ、えらいこっちゃ、金襴の縫い取りがしてあるのに・・・」とあわてているが、あわてず、騒がず、

太夫 「大事ござりません。ほっといてくださりませ」、禿(かむろ)を呼んで煙草盆を持ってこさせて、打掛をポンとはたくと、吸い殻はコロコロコロと煙草盆にジュッと落ちた。

 喜六は太夫さんともなれば大したもんや、わしもやってやろと、腰の煙草入れを取り出した。これが羅宇仕替えてから八年、紙巻いて三年という代物で、吸うたびにジュジュウ音がする煙管だ。大旦那も着物から履物までは気を使ったが煙管まではうっかりしていた。

 喜六は煙草を詰めてフッと吹いたが、煙管の掃除がしてないので吸い殻がすんありとは出て来ない。今度は力一杯吹いたもんだから吸い殻が飛び上がって喜六の頭のてっぺんに乗ってしまった。髪の毛がジリジリと焦げ出してきて、「お客さん、彦だんはん、えらいこっとす」、半泣きになりながらも、

喜六「大事おへん、ほっといてくださりませ」




浮世絵風美人画』より


 島原八景は朱雀野の垂柳、中道の夕照、野寺の晨鐘、塵塚の桜花、西口の菜花、楼上の夜月、衣笠の積雪、両所の神社



島原大門  「説明板
花街島原の正式名は「西新屋敷」で、島原の由来については諸説ある。
門前には廓(くるわ)に入ろうか戻ろうか思案した「思案橋」があったが
川が暗渠になって撤去された。「出口の柳」と「さらば垣」は残っている。
柳の下の用水手桶は、かつて島原の火災の際に門が閉められていて
多くの遊女が焼死したため、消火用に置かれたという。
江戸の吉原遊廓跡のような風俗店街になっていなくて歩きやすい。
山陰道(丹波口→亀山宿)』



角屋(すみや) 《地図
置屋から太夫や芸妓を呼んで遊宴する所。「説明板



輪違屋
現在も営業中の置屋兼お茶屋







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