「粗忽の使者」  柳家小さん(五代目)

 
★あらすじ★ 杉平柾目正という大名の家来の地武太治部右衛門(じぶたじぶえもん)は生来の粗忽者だが、なぜか殿様に気に入られている。
殿様の親類筋の赤井御門守が杉平家には面白い家来がいるというので一度会いたいと言ってくる。そこで殿様は治部右衛門を赤井屋敷へ使者ということにして行かせることにする。
いざ出立の時、馬を豚と言い違えたり、犬を馬と間違えたり、馬に後ろ向きに乗ってこの馬には首が無い、なんて早くも粗忽物の面目躍如だ。

 さて先方の屋敷に着き、家臣の田中三太夫使者の口上を聞かれたがどうしても思い出せない。治部右衛門は子供の頃から、物忘れをした時は尻をつねられるとその痛さで思い出すので自分でつねったが全然感ぜず、三太夫に尻つねりを頼む。
三太夫が尻をつねるが、尻中タコができていて、力一杯つねっても全然効き目が無い。蚊がとまった程にしか感じないという。

 治部右衛門は当家の家臣で指先に力のある者を探して尻をつねってくれと頼む。それでも口上を思い出さない時は、使者としての面目が立たないので、当家で切腹するという。
これをふすまの陰から覗いて一部始終見ていたのが、作事に来ていた大工職人の留さん。留さんは三太夫に尻つねりの役を買って出る。
自分は板に打った五寸釘を指先で引き抜いてしまうくらい力があるとふれ込む。

 三太夫は留さんを自分の家来の中田留太夫ということにして、紋服、はかまをつけさせ治部右衛門の前へ出る。治部右衛門はもう三太夫のことを忘れ、指先に力のある家来に尻をつねってもらうことを頼んだこともすっかり忘れている有様だ。
留さんは三太夫を隣の部屋に追いやり絶対にのぞくなと釘をさし、部屋の戸を閉めて治部右衛門に尻をださせ、いざ留さんは商売道具の釘抜きを取り出す。
最初は手加減して釘抜きで尻をひねっていたが、感じないので思い切りひねる。さすがにこれは効いたようで、

治部右衛門 「思い出してござる」

ふすまを開けて、
三太夫 「して、お使いの御口上は・・・」

治部右衛門 「聞かずに参った」
 収録:昭和61年
NHKテレビ「演芸指定席」



      


 
★見聞録★ 戦がなかった江戸時代の一番平和の頃のような、のんびりとした感じの伝わってくる噺です。
治部右衛門さんは、粗忽、そそっかしいというより生まれつきの健忘症か、アルツハイマー病でしょうか。でも尻を釘抜きでひねられ口上を聞かずに来たことを思い出すのですからまだ救いはあるようです。

落語とはいえ、武士、大名が登場するのでどこの大名ともいわず、殿様の名前、家来の名前もあたりさわりのなく、いい加減につけてあります。
いつも煙たい存在の武士の尻を思い切り釘抜きでひねった大工の留さんは気分がよかったでしょう。日ごろの溜飲が下がった思いでしょうか。
おかけで口上を聞いて来なかったことを思い出させ、とりあえずは治部右衛門が腹を切るのを防いだのですからお手柄といっていいでしょう。
まあ、お互いの殿様同士は了解済みのことですから、どう転んでも治部右衛門の切腹はなかったでしょうが。


古今亭志ん朝の『粗忽の使者【YouTube】





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