★あらすじ 浅草の奥山は見世物小屋や大道芸人で今日も賑やかだ。中でも人気のあるのが、若いがまの油売りで、立て板に水で口上(落語『がまの油』)を言い立て、そばには美しい娘が鎖鎌を見事にあやつっていて、回りには人垣が出来ている。
口上が終わると一人の年老いた侍が、がまの油は背中の傷に効くか聞いて来た。がまの油売りは傷を見たいと言う。侍は背中の古傷を見せて、因縁、懺悔話を始めた。二十年前に同僚の妻女に懸想し、留守を狙って妻女を手籠めにしようとしたが、帰宅した同僚に見つかり、抜き打ちで斬り捨て、乳飲み児を抱えた妻女をもことのバレぬよう斬り殺して逐電したいう。妻女が死ぬ間際に投げた手裏剣が背中の古傷と言う。油売りが名を聞くと岩淵伝内と名乗った。
油売りの若者、「さて、汝こそは岩淵伝内。かく言うそれがしは、なんじのために討たれし木村惣右衛門が一子、惣之助だ。これに控えしは姉のつゆ。いざ尋常に勝負、勝負!」と高らかに呼ばわったから、境内は騒然となった。
この時、仇の岩淵伝内はあわてず騒がず、「ここは観音さまの境内、血で汚すわけには行くまい。翌日、牛込高田馬場で巳の刻に果たし合う。年老いたれど武士に二言はない」と、約束して去って行った。
翌日の高田馬場は仇討ちの噂が噂を呼び、見物人で黒山の人だかりで、ずらりとにわか造りの掛け茶屋まで並んでいる。どこも大入り満員で立錐の余地もないほどだ。
だが、約束の巳の刻を過ぎても仇を討つ方も討たれる方も一向に現れない。すると見物人が掛け茶屋でしこたま飲んで酔っ払っている岩淵伝内を見つけた。
見物人 「仇討ちはどうなりやした」
岩淵伝内 「はっは、今日は止めた」
見物人 「それじゃ、相手が済まないでしょ」
岩淵伝内 「心配いたすな。あれは拙者の娘とせがれだ」
見物人 「なんだって、そんな嘘をついたんです」
岩淵伝内 「ああやって人を集め、掛け茶屋から上がりの一割をもらって楽に暮らしておるのだ」
|