「転失気」  桂小南

 
★あらすじ 瑞徳寺の和尚医者に診てもらったところ、「てんしき」はあるかと聞かれた。知らないとは言わない和尚は「ありません」と答えたが、「てんしき」のことが気になってしかたがない和尚、一生懸命に調べるが経の中にも出ていない。

 和尚は小僧の珍念雑貨屋に行って「てんしき」を借りて来い、無ければ花屋のところへ行くように言いつける。珍念が雑貨屋に行くと、売り切れてないという。花屋へ行くと、味噌汁に入れて食べてしまったという返事。

 一体何のことやら、寺に帰って珍念は和尚に「てんしき」の意味を聞くが、和尚は自分が教えたのではすぐに忘れてしまうから、医者に薬をもらいに行ってその時に聞いてくるようにいう。

 珍念が医者に聞くと、「放屁」、「おなら」、「屁」だという。信じない珍念に医者は説明する。「てんしき」は「転失気」で、「気を転(まろ)め失う」と「傷寒論」という書物に出てくるという。

 珍念やっとなるほどと納得し、和尚も雑貨屋も花屋も知らないくせに知ったかぶりをしていたことが分かり、寺へ帰る道すがら珍念はおかしいやら、愉快やら、あんな和尚のもとで修行しているのが情けないやら。

 寺に戻った珍念、和尚をからかおうと、「てんしき」とは「(さかずき)」のことでしたと和尚に話す。和尚も、「そうだ、盃のことだ、呑酒器と書くのだ、よく覚えておけ、と、相変わらず知ったかぶりだ。

 数日後、医者が往診に来る。
和尚 「先日はうっかりてんしきはないと申しましたが呑酒器はございます」

医者 「ほぉ、それはよかった」

和尚 「なんなら、一つご覧に入れましょうか」

医者 「いえいえ、それにはおよびません」

和尚 「これ珍念、三つ組みの呑酒器を持って来なさい」、医者は「てんしき」の形はどんなものなと、鼻をつまんで箱の中を覗き込む。なんと、箱の中にはで、

医者 「和尚これは盃で・・・」

和尚 「つまらんてんしきでしてな」

医者 「何かのお間違えで、和尚。私が伺いましたのは、おなら、屁ですわな」

和尚 「いやあ、寺方ではこれが、てんしきで」と、まだしぶとい。

医者 「それはどういうわけで」

和尚 
「これを重ねるうちにブウブウ文句のいう奴がいる」

 収録:平成3年2月
NHKテレビ「演芸指定席」

  


 サゲがいまいちですが、笑わせる噺です。桂小南(二代目)は京都生まれの東京の噺家です。子供の登場する落語が面白いです。落語「いかけ屋」でいかけ屋のおやじを寄ってたかって、からかい、おもちゃにする長屋の悪がき連中などはその典型でしょう。
 この噺の寺小僧の珍念も、子供らしい可愛いらしさと、ちょっといたずらっぽいところをうまく描いています。登場する知ったかぶりをする和尚、雑貨屋、花屋とは違って、医者はちゃんとした人物のようです。
 落語にもいろんな医者が登場し迷医が多い中、この医者は名医かもしれません。「傷寒論」に「転失気」は載っているのでしょうか?そうだとしたら、やっぱりこの医者はたいしたものだし、この噺の作者の医学の知識も相当なものでしょう。
 それにしても、「てんしき」を「おなら」と医者から説明されても、まだ悪あがきする和尚の頑固さ、強情さ、しぶとさは見上げたものです。それともたんに洒落のつもりで言った最後のセリフなのでしょうか。

傷寒論とは、「中国の医書、十巻、後漢の張仲景の撰、晋の王叔和の補修。205年頃完成したとされる。傷寒の治療法を述べる。古来、漢方医、特に古方派の聖典とされた。」(三省堂大辞林) →詳しくはこちら

傷寒とは、「高熱をともなう急性疾患。腸チフスなど」、「・・・少し傷寒の性(たち)だから・・・/真景累ケ淵(円朝)」 (三省堂大辞林) → 「傷寒論」の「傷寒」とは、違うようですがよく分かりません。



林家たい平の『転失気【YouTube】


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