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 東京散歩(台東区①)


 2017年1月12日

三ノ輪駅(地下鉄日比谷線)・・・三ノ輪橋跡(音無川跡)・・・明治通り・思川跡・・・泪橋交差点(思川跡・旧日光街道)・・・玉姫稲荷神社・・・平賀源内墓・・・対鷗荘跡碑・白髭橋(隅田川)・橋場の渡し跡・・・石浜神社・・・砂尾山不動院(橋場不動尊)・・・お化け地蔵①(松吟寺)・・・妙亀塚・・・出山寺・・・永伝寺・・・通入寺・・・駿馬塚・・・光照院・・・仰願寺・・・浄運寺・・・宝蔵院・・・念仏院・・・本性寺・・・玉蓮院・・・福寿院・・・保元寺・・・橋場銭座跡・東京都人権プラザ分館・・・長昌寺・・・勝運寺・・・蓮窓寺・・・安昌寺・・・広楽寺・・・称福寺・・・山谷堀橋(山谷堀公園)・禿坂跡・・・よし原角町通り・・・仲之町通り・・・吉原神社・・・吉原弁財天・・・鷲神社・長国寺・・・西徳寺・大照寺・・・大音寺・・・豊川稲荷社・・・下谷飛不動・・最上稲荷・・・樋口一葉旧居跡・・・一葉記念館・・・千束稲荷神社・・・月洲寺・・・竜泉寺・・・正燈寺・・・朝日弁財天・・・了源院・・・三島神社・・・安楽寺・・・お化け地蔵②(全徳寺)・・・宗慶寺・・・随徳寺・・嶺照院・・・小野照崎神社・・・泰寿院・・・法昌寺・・・正洞院・・・入谷鬼子母神・・・静蓮寺・・・長松寺・・・法清寺・・・東郷寺・・・最上寺・・・入谷駅(地下鉄日比谷線)

  【ル-ト地図



泪橋交差点(思川跡と旧日光街道との交差地点)
小塚原刑場に引かれて行く罪人との泪(涙)の分かれの場

室町時代の紀行文『廻国雑記』で道興准后は、
「おもひ川にいたりてよめる、うき旅の道にながるる思ひ川 の袖や水のみなかみ」



玉姫稲荷神社・右に口入稲荷神社


口入稲荷神社
吉原の口入屋(職業紹介所)・高田屋の店主が「玉姫稲荷に移すように」との
夢のお告げによって、安永年間(1772~80)に当地に遷座したという。



平賀源内の墓 《地図
墓は生誕地の香川県さぬき市志度の常楽寺にもあり、
旧宅跡には記念館もある。『四国遍路道(香川県④)





対鷗荘跡碑 《地図



   
白髭橋・橋場の渡し跡あたりの隅田川

思河 橋場渡」(『江戸名所図会』)

橋場・今戸





東京ガステクノステーション(石浜神社の西隣)



石浜神社 寛延2年(1749)建立の鳥居
浅草名所七福神」の寿老人



落語『紋三郎稲荷』にも登場する稲荷社


石浜城の所在地には諸説あるようだ。

   
橋場不動尊(砂尾山不動院・浅草名所七福神の布袋尊)
隅田川往来の目印しなったという大イチョウがそびえる。
右は砂尾長者の娘・玉姫が失恋して身を投げたという池跡



お化け地蔵①・常夜灯(松吟院)

このあたり一帯は浅茅ヶ原呼ばれ、総泉寺(板橋に移転)の境内地だった。
平賀源内の墓も総泉寺の境内だった。
先ほどの『廻国雑記』には、
「あさぢが原といへる所にて、人めさへかれてさびしき夕まぐれ 浅茅か原の霜を分けつつ」


総泉寺 砂尾不動」(『江戸名所図会』)





妙亀塚 《地図
「梅若伝説」の地の一つ「梅若塚」は隅田川の対岸の木母寺にある。
説明板が見づらい所に立っている。ただ立てただけのお役所仕事。



出山寺

   
采女塚碑(吉原の遊女と若い僧侶の悲恋話)と満願地蔵尊の祠(左)・其角の句碑







駿馬塚 《地図

江戸名所図会




本性寺
右に「痔の神」秋山自雲の墓の標柱


   
福寿院安藤東野の墓





保元寺
宝亀元年(770)創建という古刹



橋場銭座跡あたり 《地図
天保6年?(1837)以降は天保通宝を鋳造し、
明治維新まで続けられたそうだが、説明板などは見当たらず。



長昌寺
長昌寺宗論芝」『江戸名所図会』(中央左あたりに宗論の行われた芝原跡)
銅鐘には沈鐘伝説があり、鐘ヶ淵の名はこの鐘から出たとの説もある。



称福寺
亀田鵬斎の墓があるが、工事中で入るのは控えた。

西に山谷堀公園に向かう。


山谷堀橋禿坂跡 《地図



よし原角町通りのソープランド街を通る。客引きが多い。《地図





吉原神社
吉原遊郭の鎮守社



吉原弁財天堂 《地図
芸大生などの壁画が描かれた弁天堂

   
弁天池(花園池)跡・吉原観音(弁天池での関東大震災溺死者供養観音)




   
鷲(おおとり)神社・なでおかめ
「浅草のお酉様」で「酉の市」で賑わう。
鷲大明神社」(『江戸名所図会』



長国寺
浅草酉の市の発祥の寺。



西徳寺



大音寺
下谷竜泉寺町の中心に位置していたことから、付近一帯を大音寺前と呼んでいた。
樋口一葉の『たけくらべ』の冒頭部分に、
「廻れば大門の見返り柳・・・大音寺町と名は仏くさけれど・・・」
落語「悋気の火の玉」にも登場する寺



飛不動正法院
当寺の住職が大和国大峯山に本尊の不動像を持って修行に行ったところ、
一夜にして当地へ飛び帰り、人々に御利益を授けたという。



樋口一葉旧宅跡 《地図





一葉記念館


   
千束稲荷神社・樋口一葉像



『たけくらべ』に「八月廿日は千束神社のまつりとて、山車屋臺に町々の見得をはりて・・・」


龍泉寺
千束稲荷神社の別当寺だった。



正燈寺
江戸時代には「もみじ寺」として有名だった。
正燈寺楓」(『江戸名所図会』)


   
朝日弁財天・弁天池跡 《地図
もとは備中松山城主の水谷伊勢守勝隆の下屋敷があった。
下谷七福神の弁財天





了源院(火除観音)
ここあたりの小字名は「火除」とか。





三島神社・雷井戸(左)
『たけくらべの』冒頭部分に、
三嶋神社(みしまさま)の角をまがりてより是れぞと見ゆる大厦(いえ)もなく」





安楽寺 「根岸古寺めぐり」の3番札所


   
お化け地蔵②(全得寺) 《地図
吉原通いの遊客のいたずらで、地蔵の位置がたびたび変わった。
それから、お化け地蔵と呼ばれるようになったとも。


   
小野照崎神社・境内社の稲荷・織姫神社の艶めかしい?お狐さん。 《地図
江戸名所図会
境内に「下谷坂本の富士塚」(国重文)がある。


   
法昌寺・下谷七福神の毘沙門天


   
入谷鬼子母神・下谷七福神の福禄寿
「入谷朝顔市」で賑わう寺・「恐れ入谷の鬼子母神」も有名か。

周辺の寺に寄ってから入谷駅に向かった。