坂道散歩
 街道・古道歩き
 河川・用水路
 歩いた坂
 ブログのTOPへ
             
 東京散歩(千代田区・港区)

 2017年3月18日

飯田橋駅(JR総武線)・・・東京大神宮・・・東京ルーテルセンター教会・・二合半坂・・シャミナード修道院・・フィリピン大使公邸・冬青木坂上・・硯友社跡・中坂上・・・靖国神社参道前・(九段坂)・・高燈籠・・北の丸公園・田安門・・日本武道館・・・(紀伊国坂)・・北桔橋門・・江戸城天守閣跡・・梅林坂・・汐見坂・・白鳥濠・・富士見櫓・・松の廊下跡・・・大手門・・・正門石橋・(皇居正門)・(二重橋)・・・桜田門・・・(霞が関坂)・・・(潮見坂)・・・(三年坂)・・・金刀比羅宮・・・真福寺・・・浅野内匠頭終焉之地碑・・・芝公園・開拓使仮学校跡碑・・日本近代初等教育発祥の地碑・・天光院・・増上寺・・ぺルリ提督像・・万延元年遣米使節記念碑・・東照宮・・丸山古墳・・・・芝園橋(古川)・・・茶ノ木稲荷・・巌流稲荷社・・東海道(第一京浜国道)・・・田町駅(JR山手線)

  【ル-ト地図



東京大神宮 《地図



東京ルーテルセンター教会
今年は宗教改革500年



二合半(にごうはん)坂を上る。 《地図
別名を日光半坂・日光坂・こなから坂 
①日光山が半分見えるから(日光山を五合とした。) 
②富士山が四分の一見えるから 
③日光山が半分見えるから日光半坂 
④急坂で酒を二合半飲んでも五合の効き目がある。
⑤水や酒の二合半を「こなから」という。など様々。

紀州街道の岸和田城そばにも「こなから坂」がある。



シャミナード修道院
暁星学園を運営する男子カトリック修道会


フィリピン大使公邸



冬青木(もちのき)坂上 《地図
古い「もちの木」があった。「もちの木」ではなく常盤木の古木だったとも。
別名の万年坂の由来は?



硯友社跡(中坂上) 《地図


中坂(九段坂と冬青木坂の間の坂)
江戸時代には九段坂より広く大きな坂だったようだ。

中坂・九段坂『江戸名所図会』





   
靖国神社参道・九段坂



高燈籠(明治3年・靖国神社所有)
夜間照明のための常夜灯で、灯明台とも呼ばれ、
品川沖を航行する船舶の目標ともなっていた。

北の丸公園へ入り、田安門をくぐる。(園内マップ

紀井国坂を横切り、北桔橋門をくぐる。

   
田安門北桔橋門


天守閣跡


   
梅林坂汐見坂
梅は見頃を過ぎ、今は江戸湾は望むべくもない。


   
百人番所・大番所



富士見櫓


   
松之廊下跡・浅野内匠頭切腹の地(田村右京太夫邸跡) 《地図
直線距離で2.3kmほどだ。 



石室


桃華楽堂



同心番所

   
大手門巽櫓

   
石橋・皇居正門(左)・二重橋(鉄橋・右)



桜田門から城外へ出る。



合同庁舎赤レンガ棟(法務省旧本館) 《地図

霞が関坂・・潮見坂・・三年坂を横切って行く。(千代田区の坂①



金刀比羅宮


   
開拓使仮学校跡碑(芝公園内)・日本近代初等教育発祥の地碑







クスノキが多い松原跡




   
増上寺三解脱門(左)・黒門(旧方丈門)
境内散歩

   
グラント松:松というより杉のようにも見える? マツ科のヒマラヤ杉だそうだ。
鐘楼:川柳に「今鳴るは 芝か上野か 浅草か」




増上寺本堂


   
万延元年遣米使節記念碑
ペルリ提督像は日本の版画のペルリ像とは大違いのイケメンおじさんだ。
本物の写真は版画の方に似ているように見える。
(増上寺の向かいの芝公園内)





丸山古墳 《地図



芝園橋から古川上流方向


赤穂浪士ゆかりの水野監物邸跡を探すも分からず、
芝5-26あたりを一周したら2つの小さなお稲荷さんに出会った。
水野邸跡は東隣の芝5-20の一画だった。😢

   
茶ノ木稲荷・巌流稲荷社

第一京浜国道(東海道)を横切り、田町駅に出た。