「薮入り」 三遊亭金馬(三代目)

 
★あらすじ 「かくばかり偽り多き世の中に子の可愛さは真なりけり」、「立てば這え、這えば歩めの親心」と、昔も今も子を思う親心には変わりがない。

 「可愛い子には旅をさせろ」と、三年前に商家へ奉公に出した熊さん息子の亀吉が始めての宿下がりで帰ってくる。正月の薮入りだ。

 前の晩は熊さんは嬉しくってなかなか寝つけない。女房に何度も時間を聞くがなかなか夜が明けない。昨日は今頃夜が明けたとか、時計の針の回りが遅いから一回り回せなんて落ち着かない。

 亀吉が帰ってきたら温っかいご飯、納豆、海苔、入り玉子、汁粉、中トロの刺身、しゃも、うなぎの中串、天ぷら、蓬莱豆、カステラを食べさせ、湯に行ってから、赤坂、梅島、本所、浅草、品川、羽田の穴森さま川崎大師、横浜、横須賀、江ノ島、鎌倉、静岡の浅間さま久能山豊川稲荷、名古屋の金の鯱(しゃちほこ)伊勢の大神宮、四国に渡って讃岐の金刀比羅さんを回り、京、大阪から・・・に連れて行くとの張り切りようだ。

 待ちきれずまだ薄暗いうちから起きて珍しく家の前の掃除を始めたりする。それを見た近所の連中が冷やかし半分、お世辞半分で声をかけ、亀ちゃんが来たらうちへ遊びにくるようにと言っても、熊さんは、「当人がなんと言うか分かりませんから」なんて上の空で愛想なしのぶっきら棒の返事だ。
 なかなか亀ちゃんが現れず、いらいらしている所へ亀吉が帰ってきた。おかみさんはご飯がふいてきたからなんていって奥へ引っ込んでしまう。

 すると亀ちゃんが、「めっきりお寒くなりまして、お父っさんもお母っさんもお変わりもございませんで・・・・」と、一人前のあいさつを始める。嬉しくて熊さんは口も聞けず、涙があふれて亀ちゃんの顔も見えない有様だ。

 亀吉は店の主人からの土産と、小遣いを貯めて買ってきた土産を差し出す。熊さんは神棚に上げて、あとで長屋に子どものお供物だと言って少しずつ配ってやれなんてすっかり有り難がっている。

 長屋の路地を入ってきた納豆屋を待たせ亀吉を湯に行かせる。行った早々まだ帰って来ないとやきもきしている。

 女房が亀吉の紙入れの中を見てびっくり、さあ大変だ、5円札3枚、15円もの大金が入っている。熊さんは店からもらってきた小遣いだろうと言っていたが、女房に多過ぎやしないかと言われ、ころっと変わる。

熊さん 「亀吉のやつ、家に入ってきた時から目つきが悪かった。野郎、やりやがったな」と一気に豹変する。亀吉が帰って来るなり、

熊さん 「そこに座れ、あの金はどうしたんだ。白状しろ」

亀吉 「いやだなあ、人の紙入れの中を覗いたりして」、いきなり熊さん「この野郎」と手を上げた。止めに入った母親が泣く亀吉に、あの金はどうしたのかとやさしく聞く。

 亀吉が言うには、あの金は去年ペストが流行った時、懸賞付きのねずみ捕りで当たった15円で、今日までお店で預ってもらっていた金だという。これを聞いて女房が謝る。

熊さん 「へ〜え、ねずみの懸賞で当ったのか、うまくやったな。主人、大事にしなよ、ちゅう(忠)のおかげだから」


   
                          忠臣楠正成像(皇居外苑)
                                    
 「居酒屋」と並ぶ三代目金馬の決定版です。親馬鹿丸出しの熊さんと、ちょっとクールな感じのその女房が上手くバランスがとれ、笑える人情噺に仕立てています。両親と子どもの3人の登場人物が、しっかりした口調で、きっちりと色分けして描かれていて分かりやすい落語になっています。
 女房が亀吉の紙入れの中に15円を見つけてから、それがねずみの懸賞で当たったものだと分かるまでの熊さんの言動、心情の演じ方も見事です。

この噺は「ねずみの懸賞」という題の落語を金馬が親子の人情味溢れる話にしたものです。「当時はねずみが多く、捕まえて交番に持って行くと2銭もらえ、ペストが流行る時は倍の4銭くれた。それで、バイキン(倍金)という」と枕で演じています。

熊さんは立派になった亀吉をあちこち連れて行きたかったようですが、1日では羽田の穴守稲荷までか、せいぜい川崎大師まででしょうか。

薮入りとは、[草深い土地へ帰る意]正月および盆の十六日に奉公人が暇をもらって親元または請け人の家へ帰ること。また、その日。宿入り。宿下がり。

蓬莱豆は、「煎った大豆に砂糖をかけて紅白にしたお菓子。源氏豆。源平豆」


   穴守稲荷神社 《地図
   境内の小祠のお狐さんたち
   川崎大師仲見世
   川崎大師 《地図



名古屋城 『美濃路@


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