「牡丹灯籠①」


 
あらすじ 根津の清水谷に田畑や長屋を持ち、その上りで生計を立てている浪人の萩原新三郎。今年二十一で生まれつきの美男だが、内気で家に閉じこもって本ばかり読んでいる。

 ある日、知り合いのお幇間医者山本志丈が誘い来て亀戸の臥龍梅を見に行く。その帰路に、
志丈 「・・・僕の知り合いの飯島平左衛門柳島の別荘に参りましょう。たいそう別嬪な嬢様女中の二人暮らしですから冗談でも申して来ましょう」と、訪れた別荘で新三郎が出会ったのが今年十七のめっぽうな美人のお露さん。初心な二人は顔を合わせた途端にお互いにのぼせ上がってしまった。

 帰り際にお露さん、「また来てくださらなければ私は死んでしまいますよ」、この言葉が新三郎の耳に残り、しばしも忘れることはなかった。

 新三郎はお露に会いたくてしょうがないが、内気で一人で逢いに行く勇気がない。また山本志丈が来て誘ってくれるだろうと期待しているが、二月、三月、四月を過ぎても志丈は来ない。

 お露のことを思い詰めて悶々とした日々を暮らして食事ものどを通らず、悪夢にうなされたりしている六月のある日、やっと志丈が訪ねて来た。

新三郎 「・・・柳島へ菓子折りの一つも持ってお礼に行きたいと思っているのに、・・・」

志丈 「お嬢様はお亡くなりになりました。実はこの間、柳島へあなたをお連れした時に、お二人がすぐにぞっこんのご様子。飯島様にこの志丈が手引きしたと思われては困るゆえ、遠ざかっておりました。・・・お嬢様はあなたに恋い焦がれて死んでしまったそうです。女中のお米さんも看病疲れで後を追うように死んだそうで・・・」、志丈は面倒に巻き込まれるのはご免という体で帰ってしまった。

 新三郎はそれからというものお露さんの俗名を書いて仏壇に供えて、念仏三昧で暮らしていたが、盆の十三日の夜、お露さんのことを思いながら冴えわたる月を眺めていると、カランコロンカランコロンと下駄の音が響いた。

 見ると牡丹芍薬の灯籠を提げたお米を先に、後から髪は文金の高髷、秋草色染めの振袖姿のお露さんだ。お米も新三郎に気づいて、
お米 「まあ、萩原様、あなたはお亡くなり遊ばしたと聞いておりましたが・・・」

新三郎 「あなた方こそお亡くなりになったと・・・」、二人を中に入れると、

お米 「あなたがお亡くなりなったと聞いてお嬢様は尼になると申されましたが、親御の飯島様は婿を取れと・・・柳島の別荘にも居られなくなり、今は谷中の三崎あたりの粗末な家に移って、私の手内職などでどうにか暮らしをつけております。今日はお盆で方々お参りしてこんなに遅くなって・・・」

 二人とも新三郎のところへ泊まり、次の晩もその次も、雨の日も風の日も続き、お露と新三郎の仲はまるで膠(にかわ)のようになって行った。

 新三郎の孫店に住んでいる伴蔵が、毎夜新三郎の家に女が通って来るのに気づき、不審に思って、戸の隙間から中の様子を聞くと、

お露 「・・・たとえこのことがお父様に知れて手打ちになりましても、お見捨てなさると聞きませんよ・・・」、どんな女かと覗くと、骨と皮ばかりの痩せた女が新三郎の首へかじりついている。よく見ると腰から下はないようで、これぞまさに幽霊だ。びっくりして伴蔵は家に逃げ帰った。

 翌朝、伴蔵は新三郎の相談相手となっている易者の白翁堂勇斎のところへ行く。始めは伴蔵の話を信じなかった勇斎だが、「・・・幽霊と偕老同穴の契りを結べば必ず死ぬものだ」、勇斎と伴蔵は新三郎の家に急ぐ。

 勇斎は天眼鏡で新三郎の顔を見て、「二十日を待たずして必ず死ぬ相が出ている」と宣告する。新三郎は今までのいきさつを話し、三崎村に住んでいるというお露とお米の家を探しに行くが見つからない。

 あきらめて帰ろうと新幡随院の境内を通るとお堂の前に牡丹の花の綺麗な灯籠が置いてある新墓がある。僧に聞くと、飯島平左衛門の娘と女中の墓という。

 やっと幽霊に惚れられているのを納得した新三郎、勇斎の取り計らいで、新幡随院の和尚から幽霊除けのお札をもらい、死霊除けの金無垢の海音如来像借りて帰り、家の回りにお札をべたべたと貼りつけ、海音如来を肌身につけ、家に籠って雨宝陀羅尼経を大声で読み始めた。

 寛永寺八つの鐘が響くころ、いつものようにカランコロンカランコロンと駒下駄の音高く、・・・さて、新三郎と幽霊のお露さんの運命や如何に。




「ほたむとうろう」(新形三十六怪撰



権現坂(新坂・S坂) 《地図
  根津権現(根津神社の旧称)に下る坂で、
坂下あたりが萩原新三郎の家があった根津清水谷だろう。

森鴎外の小説「青年」に、
「この坂はS字をぞんざいに書いたように屈曲してついている」、
とあるのを旧制一高生がS坂と呼んだ。



坂下あたり(右は遠藤表具店)
「旧根津清水町の説明板」(根津小学校の東側にある)


お露さんの住んでいた柳島は、『怪談乳房榎』に記載。

根津



臥龍梅(「写真の中の明治・大正」)

梅屋敷


亀戸梅屋敷(「絵本江戸土産」広重画)



軽子坂  《地図
神楽河岸揚場から船荷を運ぶ軽子が、この坂に集まっていた。

お露さんの父親の飯島平左衛門の屋敷があった。
平左衛門は若い頃、本郷三丁目の刀屋、藤村屋新兵衛の店の前で、
酔ってしつこくからんで来た黒川孝蔵を斬り殺した。
お咎めもなく平左衛門は飯島家を継ぎ、妻を娶って生まれたのがお露さんだ。
お露さんが十六の時に妻女は亡くなり、お付の女中のお国に平左衛門の手が付いた。
なさぬ仲のお露とお国は互いを嫌い、平左衛門は柳島に別荘を買ってお露と女中のお米を
住まわせていた。山本志丈は飯島家へ出入りしていた幇間のような藪医者で、
萩原新三郎とも親交があった。(参考:「怪談牡丹燈籠」(岩波文庫))


牛込揚場(「絵本江戸土産」広重画)



三崎(さんざき)坂 《地図
幽霊のお露さんとお米さんが柳島から移り住んだというあたり。
途中の全生庵に「怪談牡丹燈籠」の作者の三遊亭圓朝の墓がある。

三崎坂とダンゴ(団子)坂下、藍染川沿いあたりが新幡随院法住寺



新幡随院は昭和10年に足立区に移転して法受寺となる。


牡丹灯籠碑(法受寺)
右にお露さんのか細い姿がうっすらと。
碑文は「ふと見れば、先へ立ったのは年ごろ三十くらいの大丸髷の・・・」で、
初めてカランコロンとお露さんとお米さんが新三郎の家へ来た場面。


「濡れ仏」は飯島平左衛門、その娘のお露、萩原新三郎の
供養のために孝助が建立したというもの。
孝助は飯島平左衛門に殺された黒川孝蔵のせがれで、親の仇を討つための
剣術の腕を磨くために知らずに飯島家に奉公した。
萩原新三郎とお露さんの怪談話とは別に、孝助の親の仇討、主君平左衛門の仇討
(孝助はお国と密通して平左衛門を殺した宮野辺源次郎を
主君の仇として追って行く)の筋があるが冗漫であまり面白くない。



三遊亭圓朝の墓(全生庵) 「説明板


        

664(2018・2)




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