「花見小僧」(おせつ徳三郎(上))


 
あらすじ ある大店の一人娘のおせつ、年頃で旦那は婿を迎えようと見合いさせるが、男嫌いではないようだが、色白も色黒の男はダメ、背の高いのも低いのも、痩せているのも、太っているのも嫌だと言って、いっこうに話がまとまらない。

 つい先日、旦那は店の徳三郎とおせつができているという噂を聞く。番頭を呼んで噂のことを聞くが、「まったく、存じません」と言う。旦那は向島の花見におせつのお供を婆やとした小僧の定吉を呼ぶ。

旦那 「ああ、定吉か。主人の前で突っ立っているやつがありますか。座んなさい」

定吉 「急ぎの用事ならば、この方がすぐに駆け出せるじゃありませんか。でも座れと言われれば座ります。さあ、殺さば殺せ」

旦那 「おまえは主人にものを隠しているだろう」、定吉は何も隠し事などないと言いながら、帳場で拾った小銭をくすねたこと。風呂屋で番台が居眠りをしていたのでタダで入ったこと。伊勢屋の猫を天水桶に放り込んで棒でつついたこと、などをべらべらと喋ってしゃあしゃあとしている。

旦那 「おせつのお供をして向島に花見に行った時の話をしなさい」

定吉 「あの時は面白うございました。でももう忘れました」

旦那 「忘れたなら思い出しなさい」

定吉 「どうしても思い出せません」

旦那 「子どもが物忘れをするのは若もうろくだ。それにはお灸が一番、脳天から爪先までごっそりとすえてやるから、足を出しなさい」

定吉 「ごめんくださいまし。そんなにすえられたら足に穴が開いてしまいます」

旦那 「言わなければ薮入りの休みはやらないし、言えば薮入りのほかにも休みをやるし、店の者に内緒で小遣いもあげる」

定吉 「じゃあ、少し思い出しました。四人で店を出ましたらお嬢さんが、お舟で行きたいわ」と言うので柳橋の舟宿から舟に乗りました」

旦那 「それからどうした?」

定吉 「徳どんが向こうの舟の中の芸者を見ているので、お嬢様が悔しくて涙をポロポロ、その涙で隅田川の水が急に増えました」

旦那 「なにを馬鹿な事を言ってるんだ。それからどうした」

定吉 「舟が向島の四囲(めぐり)の土手に着きました。一めぐりはおまけです。それからお花見をして帰って来ました。それだけでほかは忘れてしまいました」

旦那 「忘れたのなら足を出しなさい、灸をすえてやるから」

定吉 「それじゃあ、もう少し思い出します。茶店に入りました。お嬢さんがなんでも好きな物をお上がりと言うので、大福を十八、ゆで玉子を十三、お煎餅を二十八枚。徳どんはゆで玉子を半分に割って、それをお嬢さんが大事そうに、嬉しそうに、美味しそうに食べていました。それでお終い」、旦那がまたお灸と言うと、

定吉 「それから午の御前さまにお参りしました」

旦那 「向島のは牛の御前だ。おまえなんぞ嘘ばかり言うから牛の御前の罰が当たって牛になるぞ」

定吉 「わたしは牛になったほうがいいんで・・・寝ていてご飯が食べられますもの」

旦那 「それからどうした?」

定吉 「植半という料理屋へ行きました」

旦那 「よく食べるな。植半ならなじみの店だ」

定吉 「女中さんは徳どんのことを若旦那さまと呼んでました。わたしをお坊ちゃまと呼ぶかと思ったら、まあ、小僧さんもご一緒で・・・で、がっくり。もう帰ろうかと思いました」

旦那 「そんなきたないお坊ちゃまがあるもんか。それから?」

定吉 「すぐにお膳が出て、お吸い物に鯛の塩焼き、お刺身、酢の物、うま煮、くわいのきんとん・・・旦那、勘定は安くないでしょうね」

旦那 「そんなことはおまえが心配しなくてもいい」

定吉 「お嬢さんと徳どんがくわいのきんとんをくれました。それをのどに詰まらせ、苦しくて目を白黒させていたら婆やが背中を叩いてくれて、くわいが飛び出て来ました」

旦那 「きたないやつだな。それからどうした」

定吉 「お嬢さんが婆やに長命寺丸へ行って桜餅買っておいでと言いました」

旦那 「長命寺丸は薬だ。あれは長命寺だ。門番が桜の葉を拾って、その葉へ包んだのが桜餅のはじめだ。門を入ると桜の木がある。その下に十返舎一九の碑がある。ないそんか 腎虚を我は願うなり そは百年も生き延びしうえとあるな。その奥に芭蕉の句碑がある。いざさらば雪見に転ぶところまで、よく覚えておけ」

定吉 「へえ、それから」

旦那 「それでお終いだ」

定吉 「お終い?足を出せ灸をすえるぞ」

旦那 「それじゃ、あべこべだ。それからどうした?」

定吉 「お嬢さんがあたしに外で遊んで来るようにと言いました。しばらく外で遊んでいましたがつまらないので戻ると、お嬢さんと徳どんがいません。婆やがお嬢様は癪(しゃく)が起こって、奥の座敷で徳どんが看病していますよ、その時、わたしは”はああ、なるほど”と思いました。奥の座敷の襖で聞き耳を立てていると、これからはわたしのことをお嬢さんと呼ばないで、せつやと言ってくれなきゃいやあ・・・なんて、ふふふふ・・・いいところだ」

旦那 「変な声を出すな、もう分かった」

定吉 「それから、旦那・・・」

旦那 「もういい、他所(よそ)で今のようにぺらぺらと喋ると承知しないぞ。あっちへ行け」

定吉 「旦那、薮入りのほかのお休みと、お小遣いのほうはよろしくお願いします」

旦那 「そんなこと言った覚えはない」

定吉 「それじゃあ、約束が違うじゃありませんか旦那、おい!」

旦那 「主人に向かっておいとは何だ」

旦那は番頭と相談し徳三郎に暇を出す。徳三郎はおじの所へ引き取られて行った。


  

        



浅草橋から柳橋(神田川)



柳橋舟宿



三囲之景
三囲稲荷社」・「三囲稲荷」(「絵本江戸土産」広重画)



三囲神社
宝井其角の「雨乞いの句碑」、西山宗因の句碑がある。



向島の桜


隅田川花盛(東都名所・広重画)


隅田川花見(歌川国芳画)



牛島神社 (牛の御前)



狛牛



植半(植木屋・木母寺)
将軍徳川家光の頃に木母寺境内で参拝客を相手に掛茶屋を開いたのが始まり。
江戸の名物、名店



長命寺


桜餅は長命寺の門番が、隅田堤の桜の葉を塩漬けにし、
その葉で餡入りの餅を挟み、販売したのがはじまりとなり、
長命寺門前の名物となった。曲亭馬琴の『兎園小説』には、
文政7年(1824)には77万5千枚の桜葉を仕入れたとある。
桜餅1つに葉を2枚使っていたので、単純に計算すると
年間38万7,500個も売れたということになる。
ちなみに、桜餅には関東風と関西風がある。
長命寺の桜餅は小麦粉を水で溶いて薄くのばして焼いた餅に餡を挟み、
桜の葉で包んだ関東風。関西風は道明寺とも呼ばれ、
小豆餡を粗挽きのもち米で包み塩漬けの桜葉で巻いた丸形をしている。
(『江戸の名物、名店』より)






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