「刀屋」(おせつ徳三郎(下))


 
あらすじ おせつとの仲をを引き裂かれて暇を出され、おじさんの家に引きこもっている徳三郎。おじさんは、「今夜、お店のお嬢さんのところへお婿さんが来る」と言う。「そんなことはあるはずがない。あれだけ二人で誓った仲なのに」と、思っては見るものの、所詮、女心となんとやらで、おれとはほんの一時の気まぐれ遊びだったのかと疑心暗鬼がつのるばかり。

 ついには可愛さ余って、憎さ百倍、おせつを殺して自分も死んでやろうと思い詰め、わずかな金を懐(ふところ)にして表へ出た。どこをどう歩いたのか、日本橋村松町刀屋の前に出た。

 徳三郎はうつろな目で、「なるたけ余計に斬れるのを、無茶苦茶に斬れるのをください」
刀屋 「へえへえ、これなんぞ如何でしょう。よく斬れること請け合いです」、徳三郎は刀を手に取ってやたらに振り回す。「あぶない、あぶない」、「これはいくらで」、「二十五両で願いたいが、二十二両で・・・」、いくらまけたって徳三郎に手が出る金額ではない。

徳三郎 「・・・そんなに斬れなくても、二人前斬れるのをいただきたいんで」
刀屋 「・・・さっきから目の色変えて斬る斬るって様子がおかしいが、何をお斬りになさるんで?」
徳三郎 「奉公先の使いで大金を持って旅に出ることになりました。途中で山賊などに襲われた時の用心に刀を買い求めたい」なんて、すぐにバレる嘘っぽい話をしている。

 刀屋はすぐに見抜いて、「おまえさんおいくつだい」、「はい、二十歳で・・・」、ちょうど飲む打つ買うの三道楽で勘当した自分の息子と同じ年だ。刀屋はお茶を出し、「・・・むやみに自分を追い詰めないで、気持ちをゆっくり持って・・・くれぐれも短気を起こしちゃいけません。大きなお世話だが、ご相談にも乗ろうじゃありませんか」と、親切な言葉をかける。

 徳三郎はおせつとのことを自分の友達のことにかこつけて話して行く。「・・・友達が奉公している店のお嬢さんといい仲になって・・・そのお嬢さんのところへ今日婿が来るんで、・・・友達は婚礼の席へ暴れこんで二人とも殺して、自分も死のうと・・・」

刀屋 「その友達がですかい? そりゃあとんでもない心得違いだ。おまえさんの友達がそんなに悔しいと思うのなら、なぜ男らしい仕返しをやんなさらない」

徳三郎 「だから刀を買って友達にやって、二人を斬って仕返しをさせるんです」

刀屋 「馬鹿なことを言いなさんな。それのどこが男らしい。男らしい仕返しと言うのは、今に見ろって死んだ気になって働いて、向こうよりも立派な身代になって、そのお嬢様より器量も気立てもいい女房をもらって、二人で向こうの店の前を通って見せびらかしてやるんだ。それが出来なけりゃあ、どかんぼこんで行くよりしょうがねえや」

徳三郎 「どかんぼこんというのは?」

刀屋 「両国橋なり好きな所から飛び込んで、浮き上がった時には土左衛門と名が変わるということ。ちょっと面白かろう」

徳三郎 「・・・じゃあ、死んでしまうんですか?」

刀屋 「・・・芝居仕立てにすれば、女中をお供にしたお嬢さんが通りかかって、人だかりの中に例の死体を見つけ、・・・おまえ一人は死なせはせぬ・・・と言って、どかんぼこんと飛び込む。そうなれば悲恋の心中と浮き名が立って、ずっと粋と言うもんだ」

徳三郎 「じゃあ、もしこっちが死ねば、向こうも確かに死にますか?」

刀屋 「そりゃあ、やって見なくちゃ分からない。惚れていれば死ぬが、惚れてなければいいあんばいに厄払いができたで、はい、さよならだろう」、徳三郎のことを説教して諭しているのやら、からかっているのやら・・・。


 すると、表を、「迷子やーい、迷子やーい」の呼び声。店の中を覗き込んだ熊さんに聞くと、この迷子はおせつのこと。婚礼が始まろうとするちょっと前に家を飛び出して行ってしまったという。これを聞いた徳三郎は熊さんを肘で跳ねのけ、表へ飛び出して行った。

熊さん 「ありゃ、徳だ、今話した徳三郎ですよ。お嬢さんはあの男にすまないってんで、逃げ出したんでさあ」

刀屋 「ああ、そうかい。様子がおかしいと思っていたが、刀を売らなくてよかった。どっちへ行ったんだろう」

熊さん 「隅田川の方へ行ったようですよ」

刀屋 「えっ、そりゃまずいな。調子に乗ってどかんぼこんまで言ってしまった」

 一方の徳三郎、おせつを探しに両国橋まで来ると、橋の真ん中でドスンと人にぶつかった。なんとこれがおせつ。「まあ、徳かい?あたしゃおまえに逢いたかったよ」と、抱き着いて来たが後ろからは「迷い子やーい」の追手が迫っている。

 手に手を取って、木場の橋まで来ると追手の声も聞こえなくなった。もうこうなった以上は死ぬしかないと、
徳三郎 「それじゃあお嬢様、すぐに飛び込みましょう」

おせつ 「ああ、嬉しい。あの世とやらではきっと夫婦だよ」と、見かわす顔と顔、「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」と、お題目もろともに橋の上から身を投げたが、木場のあたりは一面の筏(いかだ)で、どかんぼこんとは行かず、

徳三郎「おや、なぜ死ねないんだろう?」

おせつ 「ああ、、お材木(お題目)で助かった」



  


 日本橋村松町は、中央区東日本橋1.2丁目のうちで、刀剣商が軒を並べていた。町を開いた名主・村松利右衛門から由来する。浮世絵の菱川師宣、歌川国安彫金の横谷宗珉、国学者の鈴木重胤は、この町の住人だった。

 

古今亭志ん朝の『刀屋【YouTube】


両国橋
両国橋


両国橋(「写真の中の明治大正」)





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