「居残り佐平次」  

 
★あらすじ
 佐平次から1円の割り前で品川で遊ぼうと誘われた4人の連中。 早速、品川へ繰り出し大見世にあがる。酒、料理、芸者をあげての大騒ぎ。お引けとなり、佐平次の部屋行く。とても一人1円じゃ収まらないだろうと言うが、佐平次は約束通り1円でいいと言う。勘定は払えないので自分はこの店に居残るのだと言う。

 翌朝、4人は佐平次のことを心配しながら帰って行く。佐平次は朝酒、昼風呂のありさまで、店の若い者の勘定の催促に、4人が今晩、裏を返しに来るのを待っているのだ、自分はつなぎの役目で残っているのだとごまかす。

 4人はやって来ず、どうしたのかと責めたてられ、勘定を払えと言われ、佐平次は一文も持っていないと開き直り、自分から行灯部屋に行こうとするする。店の者は仕方なく布団部屋に押し込める。

 その晩も店は繁盛し忙しく、佐平次のことはおろそかになってしまう。すると、佐平次は店の中をうまく立ち回り、用事などを聞いて働き始める。いのさんとかいのどんなんて呼ばれ、女中の手伝いや、花魁の手紙の代筆、話し相手などをしたり、ついには二階の客にも取り入って、すっかり気に入られ客からお座敷がかかり、客同士が佐平次を座敷に呼ぼうと争う始末。

 こんな様子に困ったのが店の若い衆だ。店は繁盛しているが、佐平次だけ人気があり祝儀を持って行かれてしまうのだ。仕方なく店の主人に訴える。

 主人は佐平次を呼び、勘定はある時払いの催促なしにするから店を出て行ってくれと頼む。すると佐平次が言うには、自分は盗み、たかり、強請(ゆす)り、脅しで、追っ手のかかる身なので外へは出られないと言う。

 主人はびっくりし、そんな男を罪人と知って店に置いておくわけには行かないから、今すぐ、どこかへ高飛びをしてくれと言う。佐平次は路銀がないと言い200円出させ、主人の新しい結城の着物、帯までせしめ、帰ろうとする。

 主人は若い者に表から佐平次を送るように言う。
店の若い者 「あんなもんに金や着物までやって、表から返すなんて冗談じゃない、裏から帰せばいいじゃないですか。」

主人 「あんなもんに裏を返されたらあとが怖い」







品川・日之出(広重画)

品川宿」・『東海道@



「花盛春長閑」二代歌川国貞 画)

 
 このサゲは立川談志が工夫したものです。「裏を返す」とは、遊女と初めて遊ぶのを「初会」、二度目が裏を返すという意ですが、これも今では分かりにくいかも知れません。
 本来のサゲは、ただで遊びそのうえ200円ももらって表から出て行った佐平次のあとをつけて行った店の若い者に佐平次は、自分は居残りを商売にしていると白状する。若い者からこれを聞いた店のあるじが、「人をおこわにかけて」と怒ると、若い者が「だんなの頭がごま塩ですから」というものです。
 「おこわ」とは赤飯のこと。「おこわにかける」は、一杯くわす、だますという意。赤飯にかけるごま塩とだんなの頭髪の様子をかけたものですが、ちょっと分かりにくいです。噺の枕の所で少し説明でもしておかないと「一杯くわす」、「だます」という裏の意味が分からないでしょう。六代目の圓生が落語研究会で演じたものも見ましたが(「落語特選」で放送)、意味などを前もって説明せずに本来のサゲで演じていました。

映画幕末太陽伝は、フランキー堺が左平次、石原裕次郎が高杉晋作、その他、小沢昭一、左幸子ほか豪華メンバーの映画で、「居残り佐平次」・「品川心中」・「お見立て」などの落語や幕末の事件を題材にした傑作です。

「圓生古典落語 1」(集英社文庫)の「居残り佐平次」の枕のところで「おこわ」について、「夫婦または男女で企み、男を騙し金を巻き上げるいわゆる美人局(つつもたせ)、相対間男の際、女が「まあ、こんなことが亭主に知れたらどうしよう、おお恐(こわ)」なんて言って、この「おお恐(こわ)」が「おこわにかかった」になったそうだ」と語っています。
 もっと以前(平安?室町?)は、醜い女性のことを「おお恐」といったそうです。『落語事典』及び榎本滋民氏の「落語特選」での解説。


三遊亭円生(6代目)の『居残り佐平次【YouTube】

   土蔵相模があった所(品川区北品川1-22) 《地図

高杉晋作、伊藤俊輔(博文)たちが密議した(遊んだ?)大妓楼。土蔵のような海鼠(なまこ)壁だったのでこう呼ばれた。

昔の品川宿』(東海道品川宿)


土蔵相模

   目黒川の品川橋から荏原神社を望む。

川を挟んで北品川宿と南品川宿に分かれた。
 
 海蔵寺 《地図

投込寺と呼ばれ、行き倒れや身寄りのない遊女たちを葬った。境内には無縁塔や供養塔が多い。


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