「磯の鮑(あわび)



★あらすじ
 町内の若い連中が集まって留さんが女郎からもらった手紙を読んで盛り上がっていると、与太郎が入って来る。まだ女郎買いに行ったことがない与太郎をからかってやろうと、留さん「男と生まれてあんな面白い所を知らないのは情けねぇ。どんな女でも銭を持って行きゃあ自由にできるし、女に惚れさせれば、女の方が勘定を払ってくれる」と、そそのかす。

 すっかりその気になった与太郎さんに、留さん「みんな初めは女郎買いの師匠の所で、女郎買いの仕来りやら女にもてる方法やらを教わり、じっくり稽古してから行くんだ」。与太郎さん「その師匠はどこにいるんだ?」、「浅草蔵前の八幡様の境内にいる鶴本勝太郎という人だ。今、手紙を書いてやるからそれを持って行け。師匠は『女郎買いの師匠なんかあるはずがない。お前さん友達からからかわれているんだ』と、しらばっくれるだろうが、そこで『はい、そうですか』と、大人しく帰っちゃ一人前の遊び人にゃあなれねえ。『教えてくれるまでここを動きません』と、覚悟を見せれば、師匠は根負けして教えてくれるだろう」と、言い含める。

 早速、与太郎さん、手紙を持って勇んで師匠の家に乗り込む。手紙を見て呆れて、「お前さん、友達にかつがれて来たね。・・・・速やかにお帰りください」と、にべもないが。与太郎さん「教えてくれるまでここに居続けます」と強気に出た。女郎買いの決死隊みたいで、話しても分からない人と察した師匠(鶴本さん)は仕方なく、「世の中に女郎買いの師匠なんてものはありませんが、あたしが若い時に遊びをした寸法ぐらいの所をお話ししましょう」で、手を打った。
 
 師匠は、「明かりがついた頃、小ざっぱりした衣装(なり)、ほろ酔い加減で大門(おおもん)をくぐる。若い衆(し)と洒落や粋な言葉のやりとりをする。決めた見世に入って梯子段をトントンと上がって引き付けという座敷に入る。後尻(あとじり)という所から女をよーく見て、気に入った女(花魁)を見立てる。女が来て酒・肴が運ばれて来るが初会なのであまり飲み食いしない。お引けという自分に雪隠に立つ。それからおいらん(花魁)の部屋に入る。おいらんが煙管へ煙草をつけてくれる。一服吸ったらポンとはたく。ここからが肝心、『あたしはお前を知ってるよ。この間から上(登楼)ろう、上がろうと思っていたが、いい折がなくて上がれなかった。今夜という今夜は、やっとの思いが叶った。これが磯の鮑(あわび)の片思いだよ』と、おいらんの膝をつねる。これでおいらんはあなたに、トーンと惚れまさぁ」と、師匠どころか女郎買いの名誉博士のように懇切丁寧に与太郎に伝授した。

 喜んだ与太郎さん、早速、身支度を整えてその晩、日本堤から大門をくぐった。教科書どおりとは行かないがまあ、与太郎さんにしては上首尾で見世に上がっておいらんとご対面、お引けとなっておいらんの部屋に通された。煙草を一服吸ってはたいて、

与太郎 「おいらん、お前はあたしを知るまいが、あたしはお前を知ってるよ」

おいらん 「あら、そうですか、どこでご存知なの」

与太郎 「この間からこの見世に上がろう、上がろうと思っていたが、いい折がなくて上がれなかったよ」

おいらん 「早く上がってくれればいいのに」

与太郎 「今夜は、やっとの思いで上がったよ。これがほんとの磯の・・・磯の・・・待って・・・伊豆のわさびの片思いだよ」と、おいらんの膝をつねったから、

おいらん 「あっ、痛い、まあ痛いこと、涙が出まさあねぇ」

与太郎 「ははぁ、それじゃ今のわさびが効いたんだろう」


  

        


新吉原衣紋坂日本堤

新吉原



蔵前神社
五代将軍綱吉が京の石清水八幡宮を勧請。
江戸城鬼門除けの守護神、将軍家の祈願所。
落語の『阿武松』・『元犬』にも登場する。






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