「腕食い」(かいなぐい)

 
あらすじ 船場の商家の若旦那の作次郎、道楽のはてに勘当され、乞食にまで身をやつしてあちこちとさ迷っていた。三年ぶりに大阪へ戻って来てどこへ行くあてもなく、長年、自分の店で奉公していて、今は別家している徳兵衛の店先に立った。

徳兵衛 「そっち行かんかい。うちゃおのれみたいな乞食知り合いないんじゃ」、とボロを身にまとった男を追っ払おうとしたが、よく見るとこれがもとの店の若旦那の作次郎だ。中に入れて身体を風呂で洗わせると、作次郎は出た垢で目方が半分も減ってしまったという。徳兵衛は着物からなにから与えて二階で世話をしていく。半月ほどが経った頃、

徳兵衛 「若旦さん、陰ながらじっと観察さしていただいとりましたんでやす、 確かにご改心あそばされたように思われます。どうでっしゃろ、この徳兵衛のところからご養子においでになりましたら?」、今さら兄が継いでいる店へは帰れず、作次郎は養子話に大乗り気だ。養子先は上町で、財産は作次郎の店よりも上、今年十八で今小町と評判の別嬪で、母親と二人暮らし。こんなうまい話には落とし穴があると、

作次郎 「その娘さん、夜中に首が伸びて行燈の油をねぶるとか、お屋敷奉公していてやたら言葉が丁寧過ぎるちゅうとかやろ」

徳兵衛 「夜中に起き出しますが行燈の油をねぶるなんちゅう、そんなはしたないことはいたしません。けど、お家の裏の常念寺の墓場へ入って行かはるそうや。そいで墓石と墓石の間から、バリバリッ、バリバリッ・・・、と音が聞こえるちゅうて・・・、この音を聞いたご養子さん十六人、みんな逃げて行てしもうた。若旦さんが十七人目・・・」

作次郎 「やめとくわ、そんなん。バリバリ付き娘・・・」

徳兵衛 「嫌?嫌でっか、乞食まで成り下がってなにを今さら贅沢な・・・ははぁ、恐いんでっしゃろ」

作次郎 「こら、誰が恐いちゅうたんや? 気色悪いだけや」

徳兵衛 「同じことやないかい。腹くくって養子に行てみなはれ、それ相当の金があんた一人の自由になりまんのでっせ。男は度胸でんがな」

作次郎 「よし、わかった。この話進めてくれ」ということで、とんとん拍子に事は運んで、早や新婚初夜を迎えてその夜中、どこで撞くのか遠寺の鐘が陰に響いてものすごく・・・、すると今まで寝ていた花嫁が、ムクムクッと起き上がって、寝てる若旦那の寝息をうかがいながら足音を忍ばして縁側へ出て、飛び石伝いに築山に上がり石灯篭を足場に、松の木の枝をつかみ、身軽に高塀へヒョイッと越えて裏の常念寺の墓場へ。 新仏の墓の土を掘り返して、赤子の死体を引きずり出して、をくわえてバリバリッ、美味そうに血をチュ~チュ~、「ああ、なんの因果やらこの病い・・・」、

 一方の作次郎、目が覚めると隣に寝ているはずの嫁さんがいない。聞いていたことが始まったと、怖さ半分、見たさ半分で縁側へ出てみると、常念寺の墓場の方からバリバリッ、バリバリッ・・・、 石灯籠足場に片方の松の枝をつかんで背伸びを して墓場を覗き込む。このときに月の光に照らされて晴れて互いに見合す顔と顔。

嫁さん 「お願いでございます。ご慈悲でございます。こんな浅ましい姿をご覧になりまして、定めし愛想が尽きましょう。どうか不憫な者と思し召して、添い遂げてやってくださりませ」

作次郎 「そこで何をバリバリいわしてんねや? そのかじっとる正体さえ分かったらそれでいいねんや。それ何かて分かったらな、あとで何ぼでも買うたげるさかい。それをこっち見してみいや」

嫁さん 「これでございます」

作次郎 「何じゃそら? 赤子の(かいな)やがな。えらいもんかじんねやなぁ、せやけどなぁ、赤子の腕かじるぐらい何ともないで。わいなんか、長いこと親の(すね)かじってたわ」







鳥辺山墓地から清水寺を望む。


613(2017・12)




表紙へ 演目表へ 次頁へ