★あらすじ 三年前に魚勝の親方が道端の水たまりでピチピチと跳ねている金魚を助けた。魚勝の庭の池で育てられた金魚は見る見るうちに大きく綺麗な姿に成長し、池の中を三つ尾を振りながら優雅に美しく、まるで妖艶な舞姫のように踊り泳いでいる。まさに、「水中に牡丹くずるる金魚かな」という風情だ。
魚勝も”更紗の丸っ子”と呼んで我が子のように可愛がり、いつも見るのを楽しみにしている。丸っ子の方も魚勝に見られているのが分かるようで、見られているとより一層、楽しそうに泳ぎ回っている。
ある夜、魚勝は枕元に丸っ子が芸者姿になって三つ指をついて現れる夢を見た。これを女房に話すと、馬鹿馬鹿しいと笑われるが、
魚勝 「つぶし島田に結って、珊瑚の玉簪(かんざし)なんかさして、帯留めが珊瑚でこしらえた三つ尾の金魚なんだ・・・その色っぽいこと、思わずゾクゾクと震えがきちゃたぜ」
女房 「それで何か話でもしたのかい?」
魚勝 「あぁ、嬉しいじゃねえか。丸っ子は”芸者になって助けてもらった恩返しをしたいから、是非どこかにお世話をしてもらいたい。明日また訪ねて行きますのでよろしく・・・”、とこう言うんだよ。朝起きて池の中を覗いてみたらちゃんと丸っ子は泳いでいるんだが、なんだかこっちの方をちらちら見ているような気がしてしょうがねえんだ」
女房 「お前さんまだ寝ぼけているんじゃないのかい。もしもその娘(こ)が来たら、お前さんどうするんだい?」
魚勝 「知り合いの柳橋の置き屋の吾妻家の旦那に頼んでみようと思うんだ」、二人で話していると、玄関に若い女の、「ごめんくださいませ」の弾む声が響いた。女房が出て見ると、綺麗で艶やかな芸者姿の娘がにこやかに立っている。
女房 「まあ、どちらさまで?」
丸っ子(娘) 「はい、わたくしは池の金魚でございます」と、ストレートな返事。女房が念のために池の中を覗くと確かに丸っ子の姿はない。こうなると話は早い。今日は大安吉日のしかも金曜日、魚勝は手拍子三つで金魚に戻った丸っ子を岡持ちに入れて柳橋の吾妻家に向かう。
魚勝 「へぇ、旦那、今日は芸者を一人、置いていただきたくて連れて来たというわけで・・・」
旦那(吾妻家) 「ほぅ、そうかい。それはありがたい。・・・実はあたし、明方に綺麗な娘が芸者にして欲しいと訪ねて来た夢を見てさ、正夢とはこのことだねぇ・・・そのお方はどこに?・・・」、旦那を後ろを向かせて、魚勝が三つ手を叩くと、芸者姿に変身した丸っ子が現れてびっくりして、
旦那 「まぁ、いつの間に、・・・ほお、こりゃあ綺麗だねえ。まるで水がしたたるようだねぇ・・・」
魚勝 「ええ、水がしたたっても不思議はねえんですがねえ・・・」
旦那 「お前さん、名前はなんていうんだい?」
丸っ子 「はい、更紗の丸っ子と申しまして・・・」
旦那 「ほぅ、そうかい。ここでは丸っ子というのはなんだから、そうだな・・・その見事な帯留の金魚、そうだ金魚さんにしようじゃないか」
丸っ子 「ドキッ!」
旦那 「はははっ、なかなか茶目っ気のある面白い娘だねえ。今までどこにいたんだい?」
丸っ子 「はい、池におりました」
旦那 「・・・? ああ、池之端、下谷芸者か、そりゃあ、間違いがねえな。うち芸者でやってもらうから聞いておくのだが、お前さん好きな食べ物は何だい?」
丸っ子 「はい、お麩(ふ)とボウフラです」
魚勝 「冗談、冗談ですよ、金魚と名前がついたもんで茶目っ気出して言ったんですよ。お豆腐と天ぷらが好物なんで・・・」
旦那 「はははっ、お酒のほうはどうなんだい?」
丸っ子 「お酒はちょっと飲んだだけで真っ赤になってしまいます」
旦那 「そうかい、猩々(しょうじょう)芸者なんか御免だが、客と上手く付き合えるほど飲んで、この世界を上手に泳いでもらえれば・・・」
魚勝 「そりゃあもう、泳ぎは達者でもう立ち泳ぎでもなんでも・・・」
旦那 「泳ぎができれば安心だ、夏場は屋根船なんかにも乗ることがあるんでな。肝心な芸事だが、踊りなんかは上手いんだろうな」
魚勝 「そりゃもう、生まれながらの踊りっ子で、どんな狭えとこでも踊っちゃう。シャチホコ立ちでもなんでも・・・」
旦那 「へえ、シャチホコ立ち、そんな際どい芸までできるんだ。きっと堀の芸者の小万のみたいな人気者になれるよ。三味線とか鳴り物とかはどうなんだい?」
魚勝 「三味線はいけねえんですよ。猫の皮ですから・・・喉は立ちますよ。新内のランチュウなんて」
旦那 「そりゃ蘭蝶だよ。どうだい、なにか一節聞かせておくれよ」
丸っ子 「はい、でもわたくしが唄うと金魚(近所)迷惑に・・・」
旦那 「面白い娘だねえ。ちょいとなんか一節頼むよ」
丸っ子 「♪・・・駒形ぁ~花川戸~山谷堀からちょいと上がりィ~長い土手おば通やんせぇ~・・・」
旦那 「へぇ~、いい声(鯉)だねえ」
丸っ子 「いいえ、金魚でございます」
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