★あらすじ 旅の途中の若侍風の男が峠の麓の茶屋で休んでいる。
若侍 「これより次の宿まではいかほどの道のりかのぉ?」
茶店 「まぁ稲荷山越しの三里半ほどでございますがなぁ。けっこうきつい荷下ろし峠、頂上からは隣村へ下るので見下ろし峠とも申してな。まあ、お武家さまの足なれば、夕景までにはお着きになれるやろと存じますのぉ」
若侍は茶代を払って気取って、「しからば親父、堅固で暮らせぇ~」と格好良く出立したが、床几の上に「武士の魂」の刀を忘れて行った。 あわてて駆け戻って来て、
若侍 「おい、おっさん、あれなかったか、あれ長いやつ、刀、刀、あぁあった、あった、これなかったらさっぱりわやや」と、すっかり武士でないことがばれてしまった。
茶店 「お前、侍の格好して町人なんか脅して金盗ろちゅう、道中師とか護摩の灰と違(ちゃ)うか?」と、怪しんだが旅から帰る途中の大坂の役者で尾上多見蔵の弟子の尾上蛸蔵の弟子の尾上田螺(たにし)というおたまじゃくしのような役者だった。
尾上田螺 「今度ちょっとマシな役でも付いたらな、おっさんとお婆んと道頓堀の芝居へ呼んだるわ」と、提灯を借りて陽気に旅立って行った。
やっと峠を越えたあたりで日が暮れて来て、提灯をぶら下げ下って行くと笛の音がする。こんな時間にこんな所で何やろと音のする方へ行くと、稲荷の祠のそばに立派な芝居小屋。商売柄、興味津々で中を覗くと忠臣蔵の四段目の判官切腹の場をやっている。
判官 「力弥、力弥」、「ははぁ~」、「由良之助は?」、「いまだ、参上、仕りませぬ」、「存生 (そんじょ~)に対面せで、無念なと伝え」、「ははぁ~」、まさにクライマックス、ちょうどいい所だ。
尾上田螺 「あぁ~、えぇ判官やがな、しかし、見たことない連中や、江戸の連中かいな、・・・夜やちゅうのに蝋燭(ろうそく)ぎょ~さん点けて、・・・こりゃ、狐火、狐火か?」、見ると見物人も狐だ。「怖いなぁ、見たいなぁ、見たいなぁ、怖いなぁ・・・」だが、”♪会いたさ見たさに怖さも忘れ~」で離れられない。
判官 「ご検視、お見届けくだされ、ウッ!」、 九寸五分腹へ入ったが由良之助が出て来ない。判官さん九寸五分腹へ突き立てたまま困っているし、客席からは「どないなってんねんや!」とヤジの嵐だ。
尾上田螺もう辛抱できん、「え~い、ままよ」と花道に上がって、「へっ、へぇ~っ・・・」、「由良之助かぁ、まっ、待ちかねたわやい」、見物人もヤンヤヤンヤで、「播磨屋ぁ~」、だが、「あの由良助、吉右衛門狐と違いまっせ。・・・誰や誰や、吉右衛門狐はどうしたんや」と大騒ぎ。
すると楽屋に寝坊した吉右衛門狐が飛び込んで来た。 「おい、由良助は一体誰がやってんねや?・・・みな居てるし・・・おい、何やおかしな臭いせぇへんか?・・・こら我々の仲間の臭いと違うで・・・」
狐 「えっ? ひょっと したら人間が紛れ込んでんのと違(ちゃ)うかい?」、「人間か?人間や、人間やぁ~っ!」
尾上田螺はまだ一生懸命に芝居をしているがふと気づくと、「誰も居れへんがな?舞台もあらへん・・・あっ、草っ原や・・・潰れかけたお神楽堂、虫の声にお月さんや・・・わし、夢見てたんか? いや違う違う違う、わし、狐の芝居で大星由良助やってたんや。お~い、狐、わし、お前らのおかげで、生涯かかってもでけへん、由良之助てなえぇ役やらしてもろた。おおきに、気持ち良かったで、ありがとさん」、言ったかと思うと、ポ~ンとひとつトンボを返って、役者姿もすぅ~っと消えて、草むらをトコトコ、トコトコトコ・・・と走って行ったのが、一匹の狸。
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