「桑名舟」
七里渡し舟(広重画) 「七里の渡し(宮宿)」(広重画) 「七里の渡口」(桑名宿)」(広重画)
★立川談志の『桑名舟』【YouTube】
熱田神宮
日本武尊の「草薙の剣」を神体とする神社
七里の渡し跡(宮宿) 《地図》
新堀川と堀川の合流点で、昔は「神戸の浜」といった。
古くは壬申の乱で、大海人皇子(天武天皇)が桑名から熱田に渡る時、その時間が長く、「間遠」といったことから「間遠(まどう)の渡し」と呼ばれていた。
七里の渡し跡(桑名)・蟠龍櫓 《地図》
桑名城の櫓の一つで、航海安全の守護神としてここに置かれた。蟠龍とは天に昇る前の龍がうずくまった姿だそうだ。 鮫に食われず舟から降りた二人は東海道を桑名宿→四日市宿→日永の追分へと進み伊勢街道に入ったことだろう。
日永の追分(東海道(右)・伊勢街道(左)) 《地図》
伊勢神宮の遥拝鳥居(安永3年(1774)建立)、道標(嘉永2年(1849)建立)が立つ。このあたりは四日市宿と石薬師宿の間の「間の宿」で、旅籠、茶店が多かった。 江戸からの二人連れが、大坂からの伊勢参りの『東の旅』の喜六と清八の二人連れと道連れになったりしたら愉快だろう。