「きゃいのう」
★あらすじ 芝居好きが高じて親の反対を押し切り、国元を飛び出して大部屋の役者になった、左団次の弟子の階団次。早稲田劇場で最初に役がついた時に国元の両親が見に来てくれたが、菅原天神記の牛の役で、顔は見えず両親は残念そうに帰って行った。
次は宮戸座の忠臣蔵の五段目の山崎街道の場での猪役で、これも折角見に来てくれた両親の期待外れで、両親は「早く二本足で歩く顔が見たい」と寂しそうに国元へ帰って行った。
今回は、女形の腰元役がついて、顔を見せられるしセリフも少しある。ところが初日、二日はどじを踏んで舞台に出られなかった。今日は三日目で、国元から両親がワクワクして見に来る。
顔に白粉を塗り、衣装まではなんとか整ったがかつらが足りない。二日間も挨拶にも来ないので、余ったかつらは床山が返してしまったのだ。あるのは坊主と子どものかつらだけで、やっと人間の役がついて両親が楽しみにしているのに、舞台に出れないでは顔向け出来ないと階団次は泣き出した。
不憫になった床山が聞くと、セリフまであると言う。腰元が三人で庭に出ていると、木戸口に乞食が立っているので、一番目の腰元が「むさくるしい」、二番目の腰元が「とっとと外へ行(ゆ)」、階団次が「きゃいのう」となるというのだ。
床山はあちこち探して、相撲取りが余興で被った大きなかつらを見つけ階団次に被せたが、顔がすっぽりと隠れてしまうので具合が悪い。新聞紙を丸めてかつらに入れてなんとか目鼻が出るようにして、舞台へ送り出した。
ところが新聞紙を丸める時に床山のくわえ煙草の火玉が中に入ってしまった。舞台では、三番目の腰元のかつらと頭のすきまから黄色の煙がもくもくと出ているが芝居は続いている。
「むさくるしい」、「とっとと外へ行(ゆ)」と続いたが、「きゃいのう」が続かない。しかたなく繰り返して、「むさくるしい」、「とっとと外へ行(ゆ)」、
階団次 「う〜ん、あついのう」
柳家小三治(ビヤホール名人会)
収録:平成4年10月 |
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