「野崎詣り」


 
あらすじ 陽春五月の風に誘われて、喜六・清八の名コンビは野崎詣りと洒落込む。安堂寺橋近くの長屋から片町から京橋を過ぎ、大勢の参詣客で賑わう徳庵堤へとやって来た。
もう喜六は足が痛いと言い出した。清六はそれならと野崎観音まで寝屋川を遡る舟で行くことにする。清八は舟が苦手でごちゃごちゃと喋り続けている喜六に、土手を行く人と口喧嘩をするように勧める。昔から「日本の三参り」と言って京都祇園の八坂神社の「おけら参り」、四国讃岐の金毘羅さんの「鞘橋の行き違い」そして野崎詣りで、舟で行く人と、堤を行く人とが互いに悪口を浴びせ合う口喧嘩が恒例で、言い勝ったらその年の運がいい、運定めの口喧嘩なのだ。

 清八は喜六に、土手を相合傘で行く二人連れに口喧嘩を吹っかけろと勧める。「それはお前の嫁はんやあろまいが、どこぞの稽古屋のお師匠(おっしょ) はんをば、うまいこと言ぅて連れ出して、住道(すみのどぉ)あたりで適当なとこ入って、酒呑ましてうまいことしょ〜と思てるやろけど、お前の顔では分不相応じゃ。いっぺん鏡で顔見てみぃ、稲荷さんの太鼓でゾヨゾンゾヨゾンやと、こぉ言ぅたれ」だが、むろん喜公の頭(おつむ)では覚えられない。途中からしどろもどろになってしまい、「何を言ぅとんのじゃい、仲人入れてもらったれっきとしたわしのかか(嬶)じゃ」で、 「あ、そぉですか、あなたのお嫁さんでしたか、すみませんね」と謝ってしまう始末だ。見かねた清八が相合傘の男に「お前何か踏んでいるぞ」と言うと、男は「どこに」と下を向いた。清六は下を向かせたのでこの口喧嘩は勝ちと言う。

 喜六も負けずに土手を歩いている大男に、「馬の糞踏んでるぞ」と大声をかけた。大男は「馬の糞だから踏んだんじゃ、馬の糞を踏むと背が高くなるんじゃ、お前も踏んでみろ、少しは背が伸びるぞ」とやり返す。小男の喜公は一番気にしている背のことを馬鹿にされて腹立ち、くやしくて涙ぐんでいる。今度も清八に入れ知恵され、「背が低い低いと軽蔑すな。背が高いのんがえぇのんか、大男総身に知恵が回りかね、ウドの大木天王寺仁王さん、体は大きいけど門番してはるやないか。それにひきかえ、江戸は浅草の観音さん、お身丈は一寸八分でも、十八間四面のお堂の主じゃい。何じゃで、箪笥長持ちは枕にならん、牛は大きぃてもネズミよぉ取らん、山椒は小粒でもヒリリと辛いわい」と言い返すつもりだったが、「浅草」が「どさくさ」、「深草」になったり、肝心の「小粒」が抜けてしまった。
これを聞いた土手の大男は、「こら、小粒が落ちているぞ」

喜六 「どこに〜」

土手の大男 「こら、うつむいて何探しているんじゃ」

喜六 「落ちた小粒を探してまんねん」



    小粒(豆板銀)

いつもは肥料を運ぶ舟が、緋毛氈でも敷いて
野崎詣りの客を運んだ。




桂春団治の『野崎詣り【YouTube】


 
 野崎観音(慈眼寺) 《地図

船で参詣したルートは寝屋川から谷田川に入り、観音浜で下り専応寺にお参りし、野崎観音に向った。
 




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