「お直し」


 
あらすじ 近頃、お茶をひくことが多くなった吉原花魁見世の主人はいい顔をせず、朋輩からも馬鹿にされ、くやしくて涙を拭いていると、客を引いている若い衆(し)が、「めそめそしていれば客はどんどん逃げちまうよ。笑って明るくしていれば、きっとそのうちにまたいいことがあるよ」なんて、慰めの言葉をかけてくれた。

 この親切な言葉が有難く、身に染みた花魁は、「遠くて近きは・・・近くて遠いは田舎の道」で、若い衆といい仲になる。社内恋愛はご法度、見世の主人は、「花魁はもう住み替えのできる年じゃねえ。・・・ほんとに一緒になる気があるんなら、証文巻いてやるから二人で一緒にここで働きな」と、酸いも甘いもかみ分けた情けある提案。

 二人は近所に小さな世帯を持って、見世に通って働き始めた。片方は相変わらずの客引きの若い衆で、片方は客と花魁の間を取り持つ、おばさん、遣手婆(やりてばば)となって稼ぎ出した。

 共稼ぎで食事とか風呂なんかは見世ですますからタダ同然。こりゃあ生活は楽で余裕もでき、着物なんかも増えるし家財道具も揃って行く。

 女の方は張り合いが出てますます働くが、野郎の方は楽になりゃすぐ考えることは決まっている。地元はまずいんで、コツの女郎部屋に行くようになったまではまだしも、、あげくは博打に手を出し始め、すっかり溺れてしまう。「あたらぬがある故 河豚(ふぐ)のこわさかな」の反対で、「あたるが故 博打のこわさかな」ということだ。

 亭主は見世は休むようになり、女の方も見世に言い訳も通じなくなってしまう。ついには家財道具なんかも全部売り払って一文無し。見世も首になりにっちもさっちも行かなくなった。そこで亭主が考えた苦肉の策が、羅生門河岸で、蹴転(けころ)の見世をやろうというもの。

 蹴転の見世の損料は後払いでよく、若い衆は自分がやるという。「女はどうすんのさ」、「女はおめえがやるのさ」と、ひどい話だが、「あそこはひどい女ばっかしで、おめえなら掃きだめに鶴、いつでもピカ一でいられる・・・」、おだてているのやら、脅迫しているのやら。

 蹴転の大変さ、みじめさをよく知っている女房だが、背に腹は代えられず渋々承知し、「おまえが捕まえて客を中に引っ張り込んで、あたしは客を逃がさないように色んなことを言うけど、絶対に怒ったりやきもちを焼いたりしたら駄目だよ」と念を押し、「あそこはお線香なんだから、頃合いを見計らってお直しだよって声を掛けるんだよ。そうすれば二百が四百、六百と上がって行くんだから」で、夫婦間の話し合いはついた。

 早速、蹴転の見世を開業するが、ここまで入って来るのはほとんどが、どんな所か見て話しの種にでもしようという冷やかしの連中ばかり。あとはとても金なんかは持っていないと一目瞭然の輩や、酔っ払いばかり。たまにちょっとはましな、鴨になりそうな男が来ればすぐにほかの見世に持って行かれてしまう有様で、亭主の若い衆ではとても太刀打ちできず、一人の客も引っ張り込めない。

 それに引きかえ女の方は、しっかり、どっしりしている。「なにやってんだよ。よさそうなのが来たら通せんぼして、袂の中に手を入れて、羅生門の鬼のように手をつかんだら絶対に離さないで、ぐいぐいこっちに引っ張って来て、蹴とばして見世に入れて、転がしてあたしの前へ持って来るんだよ。それが蹴転じゃないか」と、まことにごもっとも。

 亭主も奮起して何とか酔っ払いの職人風の男を捕まえてやっと見世の入口まで運んで来た。

職人 「ここはどんな見世を見たってひでえ女ばっかしだ。どこだ、どこにいる、あれかい」

亭主 「あれです」

職人 「おう、いいねえ、こんなとこに置いとくのはもったいねえや。おい、入ったら今のは看板ですってぇのじゃねえのか」、女房はここで逃してなるものかと、にっこり、艶然と手招きして、「そんなとこにいないでこっちにいらしゃい・・・」で、やっと一匹釣れた。あとは女房のお手並み拝見だ。

女房 「まあ、様子のいい人だよ。おまえさん・・・」

職人 「おれ、おめえが気に入ちゃった。どうでぇ、おれの女房にならねえか。おめえの金、おれ出すぜ」

女房 「お金かい、三十両だよ」

職人 「いいとも、あさって持って来るから」

亭主 「直してもらいなよ」

女房 「うれしいねえ、あたし浮かび上がるような気分だよ」

職人 「ほんとかあ、おめえと仲良く暮らそうじゃねえか」

亭主 「直してもらいなよ」、女房「・・・」、職人「・・・」、「直してもらいなよ」、を繰り返し、

職人 「あさって来るからな」と、すっかりその気になって出て行った。さすがは元花魁の手練手管の話術だが、亭主は面白くなさそうにむくれている。

亭主 「やめた!もうこんなことぁ、おめえ、あいつの女房になるのか」

女房 「おまえさん、やきもちかい?」

亭主 「あの野郎の手ぇ握って・・・じーと見た時のおめえの目はただの目じゃねえぇや。やめだい、こんなこたぁ」

女房 「じゃあ、よしちまおうじゃないか。・・・どうしてもおまえさんと別れたくないからこんなことしてるんだよ。・・・(涙声になって)・・・いい年してこんなこと・・・畜生、ひとに苦労ばかりかけやがって」

亭主 「すまねえ、おめえの体が心配だから。おれが悪かったから勘弁してくれ。泣かないでおくれよう」

女房 「おまえさんが怒るからさ。あたしが悪いから勘弁しとくれ」

亭主 「おれが悪かったんだよう」

女房 「じゃ、機嫌直してしておくれだね」

亭主 「ああ、おめえとおれの仲じゃねえか」、夫婦仲直りでめでたし、めでたしだが、さっきに職人がひょいと顔を出して、

「おう、直してもらいなよ」



「住み替え」は、遊女が他の見世に籍を移すことで、借金が残っていれば移る見世から前借して返済してから移った。この花魁は年配なのでもう前借をして移れる見世はないということ。
「証文を巻く」は、前借金を棒引きにすること。
「けころ」(蹴転)は、『塵塚談』に、「けころという妓女の事、天明(1781~88)の末まで、下谷広小路、御数寄屋橋、提灯店、同仏店、広徳寺前通り、浅草堀田原辺、其外諸所にあり、是も一軒の家に弐、三人ヅツ限りに、出居る事也、花費(だい)は弐百文ヅツにて、いづれも美容貌を選び出したり、毎月大師縁日三日、十八日は、未明より出店あきなひせし也、寛政(1789~1800)巳来、此売女絶てなし」とある。吉原は書かれていないが、あちこちにあったようだ。落語では、けころにはひどい女ばかりだが、選ばれたいい女がいたようだが。はじめは二百文なのは同じだ。


   
        


古今亭志ん朝の『お直し【YouTube】




けころ坂(けこぼ坂)通り。《地図
『目黒区史跡散歩』には、「けこぼは、この土地の古い方言で、
切通しの崖などの赤土の面が崩れて、その痕が浅い洞窟状に
なって凹んでいる状態を呼ぶものである。それが近年では、
けころ坂となまって呼ばれるようになり、坂名起源にも珍説
生まれて来た。江戸時代の目黒では、町奉行支配地でも増上寺領でも
売春はきわめて厳重に取り締まられていたから、遊女がましき者も
いなかったし、だいいち、この辺は目黒の観光圏のはずれで、眺望も
ぱっとしない所
だから、水茶屋が開業しても商売にならない」と記す。
こっそり、ひっそり行われていた売春宿に景色の眺望は関係ないと思うが。
珍説なのはどっちだろうか?





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