「鬼の面」


あらすじ 大阪の十一屋奉公人おせつは今年十二、毎日子守をしながら面屋の前でお多福の面を飽きずに見ている。面屋の主(あるじ)がそんなに面白いか聞くと、故郷の池田母親にそっくりだという。それなら買えばいつでも見ていられると言うと、買いたいが銭がないという。主は母思いでけなげなおせつをいじらしく思い、お多福の面をただでくれるという。

 おせつは代金は少しづつ払うからと喜んでお多福の面を持って帰り、箱の中へしまい、暇があるとこれを母親と思い、見たり喋りかけたりしていた。ある晩、十一屋の旦那が廊下を歩いていると、おせつの部屋から話声が聞こえる。十二とはいえ女子(おなご)の部屋に今頃誰がと聞き耳を立てると、「お母(か)ん、いつ見ても達者そやなぁ、お母、お休み」と、何か箱の中に閉まって寝てしまった。

 翌朝、旦那が箱の中を調べるとお多福の面が大事そうに入っている。、おせつの母親に会ったことがある旦那はなるほどと納得。そう言えばおせつもお多福に似ている。可愛らしいもんだと感心したが、持前のいたずら心がムラムラ、鬼の面と取り替えておせつをびっくりさせ、 お多福の面を被って「♪オタやんはこちら、お母はんはこちら」と、踊っておせつの前へ出たら面白い、いっぺんやったろと子どもみたいで陽気な旦那だ。でも忙しさのあまりすっかり面を取り替えたことをすっかり忘れてしまった。

 子守から帰ってすぐに箱の中を見たおせつは鬼の面になっているのでびっくりするが、賢い子で騒いだりはしない。これは母親の身に病気かなにか不吉なことが起きた証(あか)しと思い込み、矢も楯もたまらず、鬼の面を懐に入れて店を飛び出し池田へ向かった。池田の山の手へさしかかった頃にはとっぷりと日は暮れて腹も減ってきた。すると大男に呼び止められ、火を起してくれと頼まれる。近くのお堂でやっている博打見張りだという。急ぐからと断るが大男はお堂から寿司とか菓子とかを持って来てやるからと言ってお堂へ行った。仕方なくおせつは枯れ葉を集めて火を起し始めたが、煙ばかりでなかなか火がつかない。煙よけに鬼の面をつけてフゥ〜、フゥ〜、とやっているところへ、見張りの大男が戻って来た。おせつが煙の中から顔を上げると「ギャ〜、出たぁ〜!」と叫んで、博打場のお堂へ飛び込んで行った。てっきり警察が来たと勘違いしたお堂の連中は大騒ぎ、大慌てで一目散にその場を放ったらかして逃げ出した。

 余計な道草を食ったおせつは急いで家に向かった。戸を叩くおせつの声に父親は、おせつが店をしくじったか、故郷が恋しくなって帰って来たと思い、母親のおかめに甘い顔は見せるなと言っておせつを中に入れた。母親の元気な顔を見てすっかり安心したおせつから事情を聞いた父親は納得はしたものの、誰にことわりもなく店を出てきたと知り、今頃は店で大騒ぎになっているだろうから、泊らずにすぐ店に戻るように言い含める。家中の物を食べさせ、着物も取り替え、おせつはとんぼ返りで父親と大阪へ引き返す。

 途中、お堂の近くに差しかかった時に、おせつは先ほどあった話をする。お堂に入って見ると中にはサイコロが散らばっている。父親はこれを手拭に包んで懐に入れ、二人は大阪へ急いだ。

 一方、十一屋ではおせつがいなくなったと大騒ぎの真っ最中。旦那は、おかみさんがねちねちとおせつをいじめたから出て行ってしまったのだなんて、自分のしたことをすっかりと忘れて、人のせいにしている。店中の者が井戸、手水場、川、枝振りのいい松など探し回っている所へおせつが帰って来た。

 いきさつを聞いた旦那、もとはと言えば自分が火元でばつが悪く、責任を押しつけられたおかみさんからもとっちめられてしどろもどろだが、とにかくおせつの無事な顔を見て安心し、その親思いぶりに感心し、こんな嬉しいことはない。
やっと店の中も落ち着いた頃、父親は警察に届けて来ると金の包みを取り出した。お堂の一件を聞いた旦那は金を数えさすと二百円の大金だ。旦那はこの金はいずれお前たちの物になると言う。博打の金など自分の物だと言って警察に取りに来る者はいないからだ。
父親 「えぇ!この金がみな、わたいらのもんに。こんなにぎょ〜さんにいただきまして、ありがとぉございます」

旦那 「礼を言うねんやったら、この鬼の面に言うべきじゃろなぁ」

父親 「鬼さんありがとぉ、わてら、来年になったら大金持ちでんなぁ」

旦那 「まぁ、そういうこっちゃなぁ」

父親 「へぇ〜、今この鬼の面が笑ろたで」

旦那 「あぁ、来年の話、したさかいやろ」

 桂雀三郎(上方演芸会)
収録:昭和61年2月


    



 *池田は、『牛ほめ』・『池田の猪買い』にも登場する。


   

於多福坂(1度目の上り)  六本木5−13と5−14の間を北東に上る。《地図

坂の傾斜が、途中でいったん緩やかになって、また上ったので、顔のまん中の低いお多福面のようだと名づけられた。『観光マップみなと』

   坂上から

一度平坦になってまた下っている。
   

般若坂 北方向に上る坂。(東海道の坂ではない)《地図

東町から大脇へ行く途中の坂。かつては急坂で、坂を上る顔が般若のような形相になったことから名づけられたという。
 『東海道(新居宿→吉田宿)

   般若(寺)坂(奈良坂) 国道369号の新石橋(佐保川)から北に上る。《地図

坂上近くに般若寺があり、吉川英治の『宮本武蔵』に「般若坂の決斗」の舞台はこの坂。
   坂下方向






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