「おさん茂兵衛」


 
あらすじ 深川仲町の呉服屋、中島屋惣兵衛に祭りの縮緬浴衣の注文がある。主人は桐生の機為という織屋に、手代の茂兵衛三十両の金を持たせてを使いに出す。

 この男、二十六にもなるが真面目一方の堅物で、女嫌いの仕事一筋の変わり者だが、店にとっては貴重な人材で主人の信用も厚い。茂兵衛はひたすら桐生を目指して中山道を進む。

 三日目の昼時に上尾宿の一膳めし屋に入った。そこで髪は櫛巻、顔はすっぴん、鯉口半纏を着て、なり振り構わず一生懸命に働いている二十三、四の器量のいい女に茂兵衛は一目惚れ、見染めてしまった。女嫌いが急におかしな話だが、長く歩いた運動のせいで前頭葉が刺激されてやっと男らしくなったのかも。

 こうなるともう気持ちが抑えられなくなる。せめて一度でもいいからお茶でも飲みながら話がしてみたいと思う気持ちがつのるばかり。直接アタックする図々しさも勇気もなく、飯代を払って店の外へ出たものの一歩も進まない。

 すると店から村人が二人出て来た。二人は店の中で、「三婦(さぶ)の親分には世話になった」とか、「あの親分に頼んでよかった」、なんて話しているのを小耳にはさんでいる。茂兵衛は三婦の親分にめし屋の女との仲立ちを頼もうと、村人から親分の家を聞いて訪ねる。

 元は江戸にいた三婦の親分は懐かしがって「なんでも遠慮なく仰っていただきやしょう」と親切だ。
茂兵衛 「めし屋のおかみさんと一刻、いや半刻でもいいから話をさせてもらいたい・・・」

親分 「そいつは無理な話だ。あれは子分の金五郎の女房のおさんで、もとは品川で鳴らした芸者だが故あってここへ流れて来て、いろいろあった末にあっしが仲に入って金五郎と一緒になった。八州除けのためにあそこに一膳めし屋を出させてあるんで。金五郎ってやつは料簡が狭くて理屈が通る相手じゃねえ。人の女房を見ず知らずの男になぜ貸した、なんて難癖をつけられるのが落ちだ。まあ、すっぱりと諦めておくんなせえ」

茂兵衛 「ここに三十両の金がございます。この金を金五郎さんに差し上げますので是非・・・」

親分 「そりゃ、なおいけねえや。子分の女房を三十両で貸したなんて言われた日にゃ、あっしの顔にもかかわるし・・・」、思いがかなわずがっかりした茂兵衛は立ち上がるとふらふらと庭に出て井戸に飛び込もうとする。子分が慌てて止めると、

親分 「それほどまでに思うんなら、あっしが行って話をしましょう。金五郎も今度の祭りに喉から手が出るほど金も欲しいだろうから、三十両やると言やあ渡りに船で承知するに違えねえ・・・」と、親分は子分に茂兵衛をしっかり見張るように言いつけて、金五郎の家に向かった。

 金五郎の家では、夏祭りの賭場で使う金を作るため、おさんに宿場の飯盛旅籠の大村楼に二、三日身を沈めてくれと頼む金五郎とおさんが揉めている。言い合っている二人の間に入った三婦の親分、揉めている事情を聞いてこれは好都合と、三十両でおさんに会いたがっている茂兵衛ことを切り出す。

親分 「どうだ、三十両の金が儲かって、人一人の命が助かるんだ」

金五郎 「人一人殺すんじゃねえんで?かかあが茶飲んで、話しただけで一人助かって儲かる」、女房を女郎に出すのにはさすがの金五郎でも負い目を感じていた矢先に、こんな上手い話は願ったり叶ったりだ。

 女房のおさんも異存はないと思いきや、「あたしゃ嫌だよ。見ず知らずの者に女房を貸して三十両の金をもらったなんぞと言われて顔が立つと思うのかい。そんなんならいっそのこと大村楼の女郎になった方がよっぽどましだし、人から後ろ指をさされて笑われることもありゃしないよ」、

親分 「おさん、おめえの言うのがもっともな理屈だ。けれど世の中、理屈だけで通るもんじゃねえ。昔源義朝の愛妾で常盤御前という人は、今若、乙若、牛若の三人の子ども命を助けるため、敵の清盛に身を任せたという。それがために後に源氏が再興をして平家を滅ぼしたんだ。操を破って操を立てる、破る操が真の操・・・」、さすが江戸にいたことだけあってなかなか博学だ。

 おさんを説得していることだけは理解できる金五郎は、「・・・こしとものあんちくしょう・・・冷飯(おひや)御膳に・・・いさごを破って・・・破るいさごがまことのいさご・・・」なんて頓珍漢なことを言って混ぜっ返している。

おさん 「そうですか・・・分かりました。じゃあの、そのお方の所へお伺いいたします」で、親分から三十両受け取った金五郎は大喜びの大はしゃぎ。

金五郎 「・・・このぼろじゃいけませんや。やっぱり売り物には花、今ちょいと、身じんまくをさせますから・・・」、すぐに質屋から着物を出して、髪を巻き直し、銀簪(ぎんかん)を一本差した姿は、さすが品川で鳴らした芸者で、その婀娜(あだ)っぽいこと。

おさん 「じゃあ、お前さん言って来るよ」

金五郎 「おうおう、早く行け。野郎はまだ金持ってるに違えねえから根こそぎふんだくって来い」、おさんは自分の女房を切り売りして喜んで笑っている腐った料簡の金五郎を横目に見て、つくづく愛想が尽きた。

 さて、おさんに会った茂兵衛、いろいろ話して、「実は最前お渡しした三十両は店の金。あなたにお目かかれ、もう思い残すことはございません。身を投げて死ぬ覚悟でございます」、亭主とは雲泥の差、月にスッポン、雪と墨で打ち明けられたおさんは、この人と一緒になって添い遂げたいと、がらりと心変わり。二人は手に手を取って逐電する。

 これがために三婦親分は切腹するという、おさん茂兵衛恋の馴れ初めの一席。




 この先は駆け落ちした二人を追って来た金五郎との立ち廻りがあったりするような趣向の芝居噺だったそうだ。題も「間々の仁左衛門」というもので、圓朝が西鶴の好色五人女の「おさん茂兵衛」にして、噺に工夫を加えたようだ。

        



遍照院 
上尾宿の飯盛旅籠の大村楼の薄幸な遊女お玉の墓がある。
中山道(上尾宿→鴻巣宿』



紅花問屋須田家(久保西交差点右) 《地図



上尾宿脇本陣井上家
屋根瓦を塀に使っている。
上尾宿は本陣が1軒、脇本陣が3軒、旅籠が41軒あった。(天保14年)
中山道(浦和宿→上尾宿)』



氷川鍬神社(お鍬さま) 「説明板
上尾宿の鎮守で神社の向かい側が本陣林家跡。






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