「三年酒(さんねんしゅ)

 
あらすじ 北安治川ニ丁目の播磨屋の又八が、池田の造り酒屋の叔父さんの所へ行ってベロベロに酔っぱらって帰って来て、ゴロッと寝込んだままコロッと死んでしまった。

 又八の家に集まった友達は、「又はんの酒好きは”焼かな直らん”と言うてたんや。やぱり酒で命を・・・、なんぞ遺言なんかはなかったんかい」と聞くと、女房のおとわは「遺言など聞く間もあらしません」だが、「このところ茨住吉の田中左弁天太夫という人の神道講釈を聞きに行って、えらい感心してなるほど日本は神の国や、仏教をありがたいと思ってきたが間違うてた。わしが死んだら神道で葬式してくれ」、てなことを言うてました」 

 立派な遺言だが人別を預かる下寺町檀那寺の「ずく念寺」の和尚を承知させねばならない。そこで3人の交渉人が選ばれる。まずは「オネオネの佐助」で、オネオネ、ダラダラ、グズグズと何を言っているのかさっぱり分からず、和尚は根負けして承知してしまうという魂胆。オネオネでだめなら「高慢の孝助」が理詰めとハッタリの高飛車で和尚を説得する。それでも和尚がウンと言わない時は、喧嘩好きの腕力勝負の「こつきの源太」を登場させるという算段だ。

 重い使命を負った3人は下寺町へ向かう。道すがら佐助は「オネオネ」言い通しだ。下寺町の源証寺坂沿いの、銀杏と榎が目印のずく念寺へ着くと早速、佐助が神道で葬式を出させてくれと、オネオネと始めるが、和尚に「なに神道で葬式、たわけたことを。ごじゃごじゃ言うな、聞く耳持たん、帰れ」と一喝され高慢の孝助にバトンタッチだが、孝助さんでもあかん。

 もう我慢ができないと最後の砦、切り札の「こつきの源太」が乗り出した。源太「おのれ坊主、四の五ぬかしゃがると、この爪でキューと背中開いて、骨つまみだして酢につけて食うてまうぞ」、たじろいた和尚「まるで人をイワシ(鰯)みたいに言いなさる」、大声で源太「おぉ、イワシのイの字も言わんのに何で分かるんや。ここの坊主はイワシ食うとる生臭坊主や!」、近所中に筒抜けだ。

 これにはさすがの和尚も参った。葬式は形だけお経を上げ、後は寺と和尚の預かり知らぬ事、勝手にせい、ということで見事交渉は成立、意気揚々と伊勢音頭を歌いながら帰って来た。早速、茨住吉から神主さんを呼んで葬式を済ます。

 後片付けも終わった頃に、池田の叔父さんがやって来る。旅をしていて帰ってから又八が死んだことを知ったという。叔父さん「又公は死んじゃおらん。わしの家に来て、飲むと三年は酔って眠って目が覚めんという唐土(もろこし)から入ってきた三年酒という酒を壺すっくり飲んでしもたんや。三年経ったら目が覚めるんじゃが、死体は焼いてしもうたか」

 喜んだおとわ達はすぐに神道で土葬にしてある又八の遺体を掘り返す。土に埋めたので早く醒(覚)めたようで、掘り返された又八「おーい、おとわ水一杯おくれ、それから冷で一合頼む」、「まだあんなこと言うとる。こいつ、やっぱり焼かな直らん」



  
  
     




桂米朝の『三年酒【YouTube】

   茨住吉神社

錦絵でみる大阪の風景
   

源聖寺坂(下寺町1丁目) 
説明板

「ずく念寺」は銀杏と榎が目印という。このあたりには天王寺七坂が並んでいる。

めんも坂(池田市) 《地図

昔は石段で坂沿いに料理旅館「めんも楼」があった。
ここは能勢街道の道筋

 池田城跡の展望所

池田が出て来る落語。
池田の猪買い」・「牛ほめ





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