「白井権八」


 
あらすじ 東海道神奈川宿台の坂の茶店で、ゆったりと海を見ながら煙草をくゆらせている二十前後の美男の若侍。道の向かい側には身体中に彫り物の雲助たちがたむろしている。今日は獲物の客に恵まれずに不景気面だ。

雲助を束ねる藤兵衛、「あすこで煙草吸っているあれ、銭にしようじゃねえか」

雲助 「あいつは服装(なり)もいいし、懐中(ふところ)も温(あった)かそうだけど、二本差しは行けねえや」

藤兵衛 「まあ、俺の見たところあいつはくしゃがた、役者で女形、刀は竹光ってところだ」、雲助は藤兵衛からからみ方を教わって若侍のところへ行って、

雲助 「ええ、駕籠を一つ如何でござんすか・・・」

若侍 「駕籠は乗り飽きた。断る」

雲助 「馬はどうで」

若侍 「馬は嫌いでな断る」

雲助 「何でえ!馬にも駕籠にも乗らねえとは。てめえ、侍じゃあねえな。そんな格好しやがって。どうせ河原乞食どさ回りの役者か何かだろう。箱根の山は越えたって、この先、一寸だって通すもんじゃねえぞ・・・」

若侍 「なに、因州因幡鳥取藩の拙者(それがし)に向かって、河原乞食とは捨ておけん。・・・」と、刀をスパっと抜いた。

 雲助は転がるように藤兵衛のところへ逃げ帰った。俺の出番と藤兵衛、若侍の前へ行って、
藤兵衛 「やい、生意気なことしやがると只じゃ置かねえぞ、こっちは数ぁ揃ってんだ・・・侍で通りてえのか、役者で通るのか、どっちでえ」、

 またもや若侍はスーッと抜いた。さあ、はなからチャンチャンバラバラ、落語らしからぬ展開だが、
若侍 「拙者が東下(くん)だりまで旅しているのも犬の喧嘩がもとで、隣屋敷の本庄助太夫を斬り殺した・・・母の難儀をよそに・・・」、何を思ったか若侍は刀を引いた。

 ニヤッと笑って若侍、「やあ、悪かった。座興じゃ、座興じゃ。立派な武士で通してくれ」と、そこへポーンと気前よく二分置くと何事も無かったように行ってしまった。

 これを茶店の隣の旅籠「櫻屋」の二階から見ていたのが江戸は花川戸の人足(ひと)入れ稼業の長兵衛。手下の権兵衛に、
長兵衛 「見たか、面白え奴だ。あの抜きざまは役者何かじゃねや。話がしてえからここへ連れて来い。これから鈴ヶ森を通れば山賊に襲われるとか言って・・・」、

 すぐに若侍の後を追った権兵衛、「うちの親分は花川戸で・・・鈴ヶ森には山賊がたむろして・・・手前どもの旅籠に一緒に泊まって、明朝、同行したいと・・・」

若侍 「左様か。西国筋まで聞こえたる幡長殿のお身内か・・・山賊どもがどれ程出ようとも、庶民の難儀を救うため斬って斬って斬りまくり・・・」と、立ち去ってしまった。

 若侍がすたすたと六郷の渡しまで来た時にはもう暮れ六つで渡し船も終わってしまった。帰り支度の船頭に船を出してくれと頼むが、あさっり断られ、やむなく川崎宿の方へ引き返し始めたが、何を思ったか大声で船頭に、
若侍 「拙者、因州鳥取藩の早飛脚・・・船を出せ~」で、仕方なく船を出した船頭に二分の大金をはずんで船頭大喜び。

 これを遠くから見ていたのが駕籠で子分の権兵衛と追って来た長兵衛だ。どうしても若侍のことが気になって追って来たのだ。多摩川を大金払って渡し船で渡って若侍の後を追う。

 一方の若侍は早や、鈴ヶ森を通り掛かると生首がずらっと並んで殺気がゾクゾク、首に向かって手を合わせ、「今度生まれる時は真人間になって出て来い。・・・成仏せよ・・・南無阿弥陀仏・・・」、この時は自分も、吉原三浦屋の花魁の小紫に惚れて遊びの金に行き詰まっての辻斬り、強盗。追われ追われて捕まり、ここで磔(はりつ)け獄門、晒し首になる身とは露ほどにも思わなかったが・・・。

 これを舌なめずりして見ていたのが近くで焚火を囲んでいた山賊の連中だ。
山賊 「おい、こんな夜更けに鴨がネギ背負って来やがった。飛んで火に入る夏の虫てえのはこのことよ」と、一斉に若侍を取り囲んだ。

若侍 「出たな蛆虫ども。斬って斬って斬りまくり、死人の山を築いてくれん」と、因州因幡鳥取の浪人、白井権八、妖刀村正をすっーと抜いて、今度は本当に斬って斬っての大立ち回り。

 そこへ着いた駕籠から、「お若えの、お待ちなせえ」が幡隨院長兵衛だ。




白井権八(川崎宿・歌国画)・小紫



「台の景」(神奈川宿・広重)



台の坂 「説明板
東海道②



六郷橋から多摩川(上流方向)


六郷川舟渡(「絵本江戸土産」広重画)


「六郷の渡し」(広重画)



鈴ヶ森で白井権八に声をかける幡随院長治衛。
「お若えのお待ちなせえ」、『待てとお止どめなされしは」(三代目豐国画)

     
権八地蔵①・②・③
由来などは『中山道(上尾宿→鴻巣宿)➀・(鴻巣宿→熊谷宿)②.③』



禿坂(かむろざか)
西五反田4-3と4-31の間を南西に上るかむろ坂通り。《地図
鈴が森で白井権八が処刑され、遊女の小紫が後追い自殺する。
さらに小紫を慕っている禿(侍女)が池に身を投げたという。
その禿に因む坂名。歌舞伎「浮世柄比翼稲妻」。
池は第四日野小学校西側の谷戸窪にあったという



権八・小紫比翼塚(目黒不動境内)






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