「粗忽の釘」 柳家小三治
★あらすじ 粗忽者の亭主、引越し先に箪笥(たんす)を背負って出て行ったきりで、引越しが終わる頃やっとたどり着く。女房に元の家を出てから、ここに着くまでのいきさつを箪笥を背負ったままで長話をする。
女房 「お前さん、ずっと箪笥背負ったままで重たかないのかい」
亭主 「どうも、おれも重てえと思ってたんだ。もっと早く教えてくれよ」
女房 「ほうきを掛ける釘を打っておくれよ」、亭主は長い瓦釘を壁に打ち込んでしまう。
女房 「あら、いやだよ。そんなに長い釘を打ったのかい。長屋の壁なんて薄いんだよ。お隣の家の物を壊したかも知れないから、行って謝っておいでな。落ち着いて行くんだよ。落ち着けば一人前なんだから」、言われて亭主は向いの家へ行く。
亭主 「・・・実は壁へほうきを打ち込んで・・・いや、瓦釘を壁に・・・」
向いの家 「そりゃあ、大変だ、・・・? たしか引越しはお向かいで・・・とてもここまでは・・・」
亭主 「いや、それが大変に長い釘で・・・」
向いの家 「あなた、しっかりしてくださいよ。・・・いくら長い釘といったって・・・ちょっと見てみなさい。往来一つはさんでいるんですから」で、やっと納得。「落ち着かなきゃいけねえや」と隣の家へ行って、
亭主 「ちょっと上がらせてもらいます。・・・ええ、落ち着かせてもらいます。まあ、とにかく一服つけさせてもらいます」
隣家の主 「・・・おい、煙草盆に火入れて持ってきておくれ。・・・あなた、どんなご用件で?」
亭主 「へぇ、ぐっと落ち着いてまいりやした。・・・あそこにいるご婦人はあなたのおかみさんですか?」
隣家の主 「ええ、あたしの家内ですが・・・?」
亭主 「お仲人があってご一緒になったのですか、それともくっつきあいで・・・」
隣家の主 「おかしな人だねえ、あなたは。もちろん立派な仲人があってもらしましたよ」
亭主 「やっぱし仲人がなけりゃ駄目ですね。あっしのとこはくっつきあいで・・・」と、馴れ初めから一部始終をぺらぺらと喋り出した。
隣家の主 「こりゃ驚いた。あなたそんなことをおっしゃりにわざわざいらしたんですか?」
亭主 「えへへへ、どうも失礼しました。さようなら・・・おっと、肝心な用を忘れて帰るとこだった」、
やっと釘のことを切り出た。、
隣家の主 「えっ、瓦釘を壁へ・・・釘を打ったのはどのへんですか」
亭主 「どのへんと言われても・・・あぁ、上に蜘蛛の巣が張っていましたが・・・」
隣家の主 「そんな、あなた・・・もう一度あなたの家に帰って釘を打ったところを叩いてみてください」、亭主は家に戻って壁を思い切りドンドンと叩いた。
隣家の主 「ああ、分った、分ったからそんなドンドン叩かないで、こっちへ来てください」、亭主がまた隣家へ行くと、
隣家の主 「こっちへ来て仏壇の中を見でください」
亭主 「おやおやご立派な仏壇ですな」
隣家の主 「阿弥陀様の頭の上を見てみなさい」
亭主 「えらいことだ、明日からここにほうきを掛けに来なくちゃならない」
★柳家小さんの『粗忽の釘』【YouTube】
★見聞録 昭和59年にNHKの「日曜招待席」から録画したのを見ました。22年前になりますが、小三治の風貌は今とあまり変わっていないようです。
「芝浜」「千両みかん」などの大ネタも得意ですが、この噺のような軽く、笑いの多い話も味があり好きです。
ことに、粗忽者の亭主がやっと引越し先にたどり着き、女房に言われるまで重いタンスを背負ったまま長話をする所はおかしいです。小三治の顔が、あわてもので人の良い亭主に見えてきます。壁に瓦釘を打ち、隣の家へ謝りに行き落ち着こうとして、自分達夫婦のなれそめ話をする所もおかしいです。そして、最後の落ちで、どっと笑いが起きました。
小三治は昭和14年生まれ、今年(平成18年)で67才になります。志ん朝が生きていたら東京の落語界を二人で背負う大看板でしたでしょう。小さんを襲名しなかったですが「小三治」として長生きし、きっと後世に残る名人になるでしょう。