「莨(たばこ)の火」


あらすじ 住吉神社の前で客待ちしている駕籠に、風呂敷包みを首に巻いた身なりのいい老人が乗る。大阪のお茶屋で遊びたいと言うので駕籠屋は北の新地綿富に案内する。

 駕籠を下りた老人は綿富の若い衆の伊八に駕籠賃として帳場から一両立て替えさせ、さらに駕籠屋の親孝行用にと二両立て替えさせる。

 座敷に上がった老人は祝儀にと、見習い十人に一両づつ十両、幇間衆に十五両、舞妓たちに二十両、芸妓衆に三十両を立て替えさせる。さらに奉公人衆にと五十両を立て替えてくれと言う。さすが帳場も初めての客にそんな大金を立て替えるわけにもいかず断る。

 すると老人は風呂敷包を開け、中にぎっしりと詰まっていた小判をつかみ出し、今まで立て替えてもらった金の二倍を返し、残りは座敷にばらまいて大声で笑って、「ああ、久しぶりに面白かった」と、ぽいと帰ってしまった。

 伊八はただ者ではなかろうと後をつけて行くと、今橋の鴻池の本宅に入って行った。門番に聞くと、和泉の暴れ旦那の食(めし)さんだと言う。門番は、「もし五十両立て替えていたら、この御茶屋は肝っ玉の太い御茶屋やと言って、今度旦さんが行ったときには、樽の中へお前を座らせて小判で埋めて、頭に千両箱を乗せて、おまえを千両箱の香々(こぉこ)にしたんや。 いっぺんしくじったら終いや」で伊八はしょんぼり、とぼとぼと店に戻った。

 年が変わってもあきらめ切れない伊八は、大阪中の鰹節を買い集めて屋台を作り、鳴り物一式をこの上に乗せ北の芸妓衆を供に、北新地から天神橋高麗橋今橋へと練り歩き、 鴻池の本宅の前で伊八が屋台から飛び降り、 「綿富からお中元のおしるしでございます。ご笑覧いただきますれば、ありがたき幸せに存じ上げます」

 すると二階の窓から首を出した食の旦那は、「今日はまた、結構な贈りもんありがとさんでした。二、三日経ったら、寄してもらいますがな、そのときは貸してくれと言うたもんは、何でも貸しておくれ」と、伊八の作戦は成功した。

 さあ綿富では十両、二十両、三十両、 四十両、五十両。千両箱まで用意して待っていると、三日ほど経って食の旦那が一人でひょっこりとやって来た。

食の旦那 「はい、ごめんなされや」

伊八 「お越しあそばせ!」

食の旦那 「今日は借りたいもんがあって 来ましたんじゃ」

伊八 「ちゃ〜んと用意はで きております。今日は、ほいで、いかほどのお立て替えで?」

食の旦那 「ちょっと、莨(たばこ)の火が借りたい」

 桂小文枝(五代目文枝)
収録:平成2年6月(NHK演芸指定席)


   

   住吉大社

神功皇后摂政11年(211)建立という、軍神、歌神、船舶の守護神の摂津国の一の宮、全国住吉神社の総本宮

和泉の佐野から来た食の旦那は、鳥居前から駕籠で北新地の綿富に行った。 
落語『住吉駕籠
   反橋(そりばし)

太鼓橋とも呼ばれている。昔はこの橋の近くまで波が打ち寄せていたという。
   北新地 《地図
   鴻池本宅跡(今橋2丁目・大阪美術倶楽部

落語『鴻池の犬
   高麗橋 《地図

はじめて京街道を整備した秀吉は「京橋」を起点とした。江戸時代に東海道が五十七次となって以降は紀州街道との分岐点でもある高麗橋が起点となった。橋の名の由来は高麗の使者を迎えたから、近くに高麗館があったからとも伝えられる。擬宝珠(慶長9年(1604))には銘がある。



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