「たばこ好き」


 
あらすじ たばこ好きの職人風の男が、六郷の渡しあたりの土手に腰かけて、自慢の特製の大きな煙管(きせる)で一服している。そこへ背負い小間物屋のような商人風の男が近づいて来て、

商人風の男 「大きな立派な煙管ですな。お見受けするところ、あなたはたいそうたばこがお好きでございますな」

職人風の男 「こんないい天気の日に、のんびりと景色を見ながら喫(の)むたばこは、また格別というもんでさあ。失礼ながらあなたもたばこ好きと見えますがね」

商人風 「へぇ、たばこ好きのほうじゃ誰にも負けないという自信はございます。失礼だが、あたしに比べればあなたはまだ素人ですねぇ」、この男、たばこにはかなりのこだわりがあるようで、背負っていた風呂敷を解くと、中にはたばこや喫煙具が入った箱で、上の引出しには、たばこによって使い分けるというさまざまな煙管、下の引出しには火入れがあって、すでに火が入っている。

商人風 「どうも、火打石や何かでたばこを喫んでも美味くありません。ここに入っている佐倉炭の炎でつけて喫むのが最高の味わいがあります。どうぞこれを一服・・・」と、煙管を差し出した。一服吸って、

職人風 「おや、これは珍しいたばこだ。あたしも久しく吸ってないが、これは信濃の生坂ですな」

商人風 「なるほど、見上げたものだ。信濃の生坂が分かるようでは、お前さんもなかなかたばこ好きですな。ではこれを一服どうぞ」

職人風 「これは水府たばこの中でも上等な赤土たばこだ」

商人風 「へぇ、たいしたもんですな。それじゃこれは」

職人風 「うむ、この柔らかい喫み口は野州野口だね。薩摩たばこは天候で作り、秦野たばこは技術で作る。水府たばこは肥料で作り、野州たばこは丹精で作る、といわれるとおりですな」

商人風 「これは思った以上の通人だ。これはどうです」

職人風 「これは秦野の上等品だ。秦野も裏葉(うらは)だが、元葉(もとは)と裏葉はまた味の違うところがある」

商人風 「ほぉ、恐れ入った。じゃぁ、これはどうだい」

職人風 「うむ、これは国府(こくぶ)だ。国府にもいろいろあるが、車田だねこれは」、出されたたばこの銘柄を当てて行くが、次から次と差し出されるたばこはきりがない。さすがのたばこ好きも怖じ気づいて、

職人風 「いやもうけっこう、たくさんだ、もう充分に喫んだ」

商人風 「お前さんもたばこ好きだ、このくらいで弱音を吐かないで、さあもう一つ」、としつこく迫られて、こりゃたまらんと逃げ出すと、

商人風 「お〜い、たばこの好きな人、少し待っておくれよ」と、しつこく、どこまでも追いかけてくる。
六郷の渡し舟に飛び乗って対岸に渡って小さな寺に入って、和尚に事情を話し、「・・・もうたばこはこりごり・・・」と言ってかくまってもらった。

 まだ追って来た商人風の男を和尚はごまかしてくれて男は行ってしまった。やっと追手とたばこから解放されて、

職人風 「おかげ様で助かりました。ようやくこれで落ち着きました。落ち着いたところで、まずは一服・・・」



続・落語とたばこ』(JT)より



六郷の渡し舟で煙管をふかせて追いかける商人風の男



六郷橋から多摩川 「説明板」 『東海道②

歌川広重の『川崎 六郷渡舟』・『江戸名所図会』(六郷渡場





たばこと塩の博物館


        

627(2018・1)




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