「莨(たばこ)道成寺」

 
あらすじ たばこ狂いで、「煙草の吉助」と呼ばれている男。体中にヤニの臭いがしみ込んでいるので、遠くからでも吉助が来ることがわかる鼻つまみ者だ。

 今日も友達の家に行ったが、あまりの臭さに子どもが泣き出したり、喘息になるからと言われて門前払いされる。仕方なく人のいい甚兵衛さんのところへ行く。大きな煙草盆を出してくれて、

甚兵衛 「さあ、これでなんぼでも吸っとくれ」

吉助 「いやありがたい。今日は七味煙管ちゅうて、七つ雁首がついて、吸い口が一つの煙管で吸うんや」と、薩摩、駿河、朝鮮、唐などの煙草を入れて美味そうに吸い出した。すぐに部屋は煙だら
けになって甚兵衛さんのかみさんは、燻(いぶ)し出されたゴキブリのように逃げ出してしまった。

甚兵衛 「おまえは日本一の煙草好きと自惚れているが、紀州の煙の長太にはかなわんと思うで」、この一言が吉助のプライドを傷つけた。

吉助 「煙の長太てなんや、そんなガキに負けるかいな。そなら一ぺん、試合に行って来るで・・・」と、早速、紀伊街道を紀州へと向かった。尋ね尋ねて、煙の長太の家にたどり着いて、試合を申し込むと、

長太 「いやはや、煙草の試合とは面白い。まあ、こっちへ上がり、・・・」と、通された部屋は煙草尽くしで、床の間にも煙草の掛け軸で煙草が活けてある。

長太 「あなたはなんぞ珍しい煙草をお持ちか?」、吉助は自慢の七つ雁首の煙管、ぎやまん煙管や何種類もの煙草を見せるが、

長太 「それくらいなら私も持っておる。ここにほんまの珍品がある。茗荷の葉に鶯の糞を混ぜたもので、これを飲むと気が落ち着いて穏やかになる。これが珍品中の珍品の龍の髭、これを吸えば千年の寿命を得るという伝来の家宝じゃ」、見合いはこのくらいで、さあ、本番の試合が始まった。

 たちまち部屋中は煙でもうろうとして相手の顔も見えなくなる。五分五分の勝負が続いていたが、ついに吉助、こりゃかなわんと煙を煙幕にしてそろそろと逃げ出しにかかった。気配で気づいた長太が追いかける。

長太 「くそ、逃がすもんか・・・」、どんどんあてもなく逃げる吉助は日高川へ突き当たる。渡し船の船頭に酒代をはずみ、

吉助 「もうすぐここに体中、煙草のヤニのような男が追って来るかも知れん。決して渡さんといてくれ」、向こう岸に着いた吉助はまたどんどん走り出す。しばらくして長太が長い煙管を抱えて渡しにやって来て、

長太 「おい、船頭、大急ぎで向こう岸まで頼む」

船頭 「今日は、もう舟は出さんのじゃ」と、正直者で義理固い。

長太 「さては、おのれ、あの男に頼まれたな。よしゃ、勝手にさらせ」と、裸になって川へ飛び込んで、煙管を口にくわえて水面に出して息をしながら川を渡ってしまった。

 一方の吉助は道成寺の境内に飛び込んでしまった。鐘楼に上って隠れるところを探していると鐘がドシーンと落ちて吉助はすっぽりと鐘の中。そこへ飛び込んで来た長太、どこを探しても吉助の姿は見当たらない。

長太 「はて、取り逃がしたか残念なぁ~」と、大見栄切って、地団太踏んで行ってしまった。坊さんたちが鐘を吊り下げようと持ち上げると煙草のヤニ臭い鐘の中から吉助が現れた。今までの顛末を話すと、

坊さん 「もう行んでしもたよって大丈夫や」

吉助 「やれやれ、まず一服」

坊さん 「あんた、煙草のために命なくすところやったんやろ。煙草は慎んで、命長らえたその代わりに、ここは名高き道成寺、身も心も清姫としなはれ」

吉助 「私もそれで安珍いたしました」

 


   



ぎやまん煙管(「たばこと塩の博物館」展示品)
たばこ入れ

628(2018・1)




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