金属製の立派な坂標(東京都設置)だが、かすれていて見にくい。 左は交通事故で亡くなった仲良し少女の供養地蔵。 中央聖書神学校 染井坂 《地図》 旧地名の染井村による坂名。 駒込小学校(右)は松平左衛門尉の抱え屋敷跡という。 西福寺 ダダイストの辻潤の墓がある。 六地蔵(明暦元年(1655)) 区内最古の六地蔵という。 染井稲荷神社 神体は十一面観音像 染井よしの桜の里公園 鉄拐堂跡(藤堂邸跡)あたり 《地図》 鉄拐仙人などの異国風の石像が置かれていたという。 石像群は板橋の乗蓮寺に移転・安置されている。 落語『鉄拐』 泰宗寺 千社札中興の祖ともいう奇人・天愚孔平(てんぐこうへい)の 墓碑があるというが見当たらず。 有松坂を下る。 《地図》 坂上に有松家があったようだ。坂下の法成寺は工事中だった。 勝林寺の陶器製の白衣観音像 《地図》 もとは上海にあったものという。 この寺も工事中で早々に引き上げる。 このすぐ近くに田沼意次・意知の墓があるようだ。 十二地蔵 《地図》 享保15年(1730)の大火による犠牲者の供養地蔵という。 地蔵の上部には雲ではなく、火や煙のような絵が描かれていて、 大火の有様を描いたのではないかという。 染井霊園の中を抜ける。 「不染橋」親柱(左の小さな標石) 《地図》? 慈眼寺の湧水から谷戸川に向かう流れがあったようだ。 慈眼寺 比翼塚を探して墓地内をうろつくが見つからない。 比翼塚(慈眼寺境内) 浅草蔵前の札差の若旦那・時次郎と吉原の遊女・浦里(三芳野)の心中事件。 新内の『明烏夢泡雪』・落語『明烏』 もとは本郷丸山町にあって明暦の大火の火元とされた寺。(異説あり) 「遠山の金さん」の墓もある。 本郷には本妙寺坂が残っている。『文京区の坂C』 東京都豊島市場 なぜか昨今は「市場」が気になる。 江戸六地蔵の4番(真性寺) 《地図》 巣鴨地蔵通商店街を抜けて行く。 「とげぬき地蔵」は秘仏 かきフライを食べたかったがおばちゃん連中が並んでいてあきらめた。 巣鴨庚申塚〜都電荒川線〜明治女学院跡〜大日堂を通って行く。 『都電荒川線A』に記載 庚申塚駅 お茶あがれ地蔵(昭和16年再建) 《地図》 「お茶あがれ」と現れたのは結婚を阻まれ病死した女とも、 行き倒れてそのまま放置されて死んだ遊女ともいう。 いずれにしても陽気な地蔵さんではない。 地蔵の右は宝永の庚申塔 第一雲雀ヶ谷踏切 《地図》 このあたりは昔は堀之内村で、「雲雀ヶ谷」は字名で 浅い谷があり「飛泉の滝」があったとか。 北池袋駅はもとは堀之内駅だった。 妙経寺 《地図》 最上稲荷の関東別院 堀之内公園 子安稲荷神社 《地図》 堀之内橋 四面塔(右)・四面塔稲荷(左) 《地図》(池袋駅前公園) このあたりで追いはぎなどのために落命した人たちの供養塔で、正面に「南無妙法蓮華経」。 左側面に「南方高田雑司谷道」・右側面に「北の方 板橋みち」と刻むそうだ。 昔は池袋駅前あたりは「六郷社の森」といわれ、 盗賊や狐狸のたぐいも出るようなさびしい所だったという。 今の人混みの雑踏からは想像もできない光景だ。 |