「浮世風呂」


 
あらすじ 湯屋では女湯は湯舟の中は大人しく、流しではよく喋って賑やかだ。
女客 「先日は結構な品物を頂戴いたしまして、主人の大好物でございまして・・・どうかこれを一つお納め下さいませ」なんて、湯を汲んで返礼にしたりして。

中村さん 「まあ、吉田さんのお婆さんではございませんか」、耳が遠いお婆さんなので、自然と声も大きくなり、

吉田さん 「ちょいとお婆ちゃん、中村さんの奥さんですよ」

お婆ちゃん 「おや、まあまあ、お久しぶりでございます。いつもお世話にばかりなっておりまして、お伺いしなければいけないと思ってはおりましたが、暮れのうちは何やかやと忙しくてお伺いできませんで、正月は女の子は着物だ、男の子は凧上げだなどとうるさくて、とうとうお伺いできませんで、二月にはどうしても伺おうと思いましても初午でしょう、・・・とうとうお伺いできませんで、三月になったら何が何でもと思っていましたら雛祭で、・・・四月には是非とも伺おうと思っていましたら、神経痛やら熱が出て床に着いてしまいまして、とうとう・・・五月は必ず伺わなければ・・・武者人形を飾るとか、ちまきがどうだとかでとうとう・・・六月はお祭りでございましょう・・・」

吉田さん 「お婆ちゃん誰と話しているんですか」

お婆ちゃん 「決まってるでしょ、中村さんの奥さんですよ」

吉田さん 「もうとっくにお帰りになりましたよ」

お婆ちゃん 「あら、お帰りになった。いつ頃だい」

吉田さん 「ちょうど三月頃でしたよ」

お婆ちゃん 「あら、いやだ白酒でも差し上げればよかったのに」

 男湯は湯舟の中の方が賑やかだ。石榴口(ざくろぐち)をくぐって入るので薄暗くて顔がよく見えず、変な声を出しても誰か分からないから好都合なのだ。てんでんに浄瑠璃洗う風呂の中なんて川柳もある。

 湯の中では都都逸が一番手ごろだ。身体が温められて間延びしたあくび声になって、♪「あぁ~あぁ~、さぞや~、・・・あぁあ~さぞ~・・・なむあみだぶ、まむあみだぶ・・・」、隣では習いたての常磐津を調子っぱずれで歌っている。

 ませた小僧が威勢よく湯を手ぬぐいで叩きながら、♪「お前待ち待ち蚊帳の外、蚊に喰れ、七つの鐘の鳴るまでも、コチャエ~、コチャエ」

客 「こらぁ、小僧、湯がかかるじゃねえか!」

小僧 ♪「こちゃかまやせぬ」

 新内を歌ってた人が夢中になって我を忘れて裸のまま出て行こうとして番台が止めたりしている。伊勢屋の隠居が口三味線で浄瑠璃を語り出した。これを楽しみにしている客もいて、

「ご隠居さん、途中で出て行ってしまわないで最後まで聞かせてくれよ。もしも途中で湯気でひっくり返ることがあっても大勢揃っているからお前さんの家に担ぎ込んでやるから心配すんな」とせがんでいる。その気になって、

隠居 ♪「三つ違いの兄さんとぉ~」、「よぉ、待ってました」

隠居 ♪「言うて暮らしているうちに・・・沢市さん、たとえ火の中水の底、未来までの夫婦じゃと思うばかりか・・・あっちちっち・・・お前のお目を治さんと・・・あっちちち・・・」

客 「よぉ、これからがいいところなんだ。遠慮しねえで心おきなく十分にやっておくれ」

隠居 ♪「演っていたいは~山々なれど~あたしのお尻の下よりも~、たぎりし湯玉が煮え上がりィ~、背筋えぇピリピリィ~滲みるのがぁ~、これがこらえ~てぇ~、ダハァ、ハァッ、ハァッ、ハァッ、いらりょうか~」、そんなに熱けりゃ出ちまえばいいものを。

 ちょうどその晩が年越しで番頭が一升枡に水をいっぱい入れたのを抱えて、

「あぁら目出度いな、目出度いな、目出度きことにて払いましょ。風呂屋尽くしで払うなら、一夜開ければ元朝の、鶴の声する車井戸、瓶(亀)へ汲み込む若水を、ぬるけりゃ炊け(竹)に梅松を、熱つけりゃうめ(梅)に鶯の、ほお~ぉ けっこうな湯加減の、中は湯上がり(二上がり)三下がり、粋な小唄のその中へ、いかなる垢人(悪人)来(きた)るとも、この三助がひっつかみ、西の海とは思えども、浮世風呂なれば、石榴口へ、ざぶぅり、ざぶり、エイ、御垢(厄)落としましょ垢(厄)落とし

  


『職人尽絵詞』
屋根のようなのが石榴口(「江戸の湯屋」)

        

三遊亭圓生の『浮世風呂【YouTube】



布袋湯
明治時代(大正?)から続いていた風呂屋だが廃業したようだ。

熊野古道(紀伊路⑥)』





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