「よいよいそば」
★あらすじ 田舎から江戸見物に出て来た治郎作と茂平の二人連れ。見るもの聞くもの田舎とは大違いで目を白黒、口をパクパク、あんぐりで昼飯を食うのも忘れてあちこち見物している。
さすがに腹が減って来たのに気づいて、浅草雷門近くのそば屋に入った。ところが二人ともそばを見るのは初めてで、出て来たもりそばの食い方も割り箸の使い方も分からない。
治郎作 「江戸ちゅうとこは一本の箸で食うんだべか?」
茂平 「あそこで丼持って食ってる人見てみい。二本の箸で食ってるべえ」、なるほど割り箸は二つに割って使うことは分かったが、せいろに盛られたそばを見て、
治郎作 「こりゃあ、どうやって食うもんだんべ」
茂平 「この汁をそばの上にぶっかけて食やええだろ」と、汁をせいろの上からぶっかけたもんだから、だらだらと汁は漏れてしまう。
治郎作 「それにしてもこのそばちゅうもんはずいぶんと長えもんだ。これどうやって食うだんべ」、二人で腕組みして真剣に考えて、
茂平 「おめえ、上向いて寝ころべや。おらが上から箸でそばつまんで口ん中入れてやる」、「おお、そうすんべ」だが、そばの先が揺れてなかなか口に入らず、鼻や目にそばや汁が入って、くしゃみやらおならやらが出て大変な騒ぎ。
そこへ飛び込んで来たのが半被姿の威勢のいい兄(あん)ちゃん。「おう、もり一杯急いでやってくれ」、割り箸を口で割り、出て来たそばを見事な箸さばきで、つつう~っ、とたぐって一気に食っていく。
すると、「おい、そばん中から釘が出てきたぜ、あぶねえじゃねえか。気をつけろい、このよいよい」、この兄ちゃん、店にいちゃもんつけて銭でもせびる悪(わる)かと思いきや、ちゃんとそば代を置いてまた威勢よく飛び出して行った。
見ていた二人は嵐のように来て過ぎ去っていた男の格好の良さに度肝を抜かれ、すっかり感心してそばを食うのも忘れて放心状態。
茂平 「今ん人、最後にヨイヨイって言いやしたが、あれは何のことでがんす」
そば屋 「ああ、あれは近頃江戸で流行っている褒め言葉ですよ。手前どものそばが美味いというので、よいよい(良い良い)と褒めたんですよ」と、上手くごまかした。
いいことを聞いた、どこかでやろうと、猿若町に芝居見物に行って、いよいよ主役の成田屋の登場する場面となって、ここぞとばかりに、
茂平 「ようよう、ええど、ええど、このよいよい!」
見物人 「こら、天下の成田屋にヨイヨイとはなんだ!てめえたちこそヨイヨイ野郎だ」
茂平 「あっ、ありがてぇ、おらたちまで褒められた」
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葺屋町のふく山そば屋(「絵本三家栄種」より)
「臼ひけは 雷かと驚 粉をふるへば 夫婦いさかひと うたがふ
田舎の手打そば 名にしほふ ふく山か 繁盛の臼のをとも 所がらとて 耳にとまらず 」
天保の改革で猿若町に強制移転される前までは市村座は葺屋町にあった。
「猿若町」
森田座(木挽町にあった時)
「妙を得たり 森田座は 万治三かのえねに はじまりて
これも 百十年を経て いよゝゝ はんじやうなりて めでたけれ
華のかたちの 女がた 四季ともに ながめにあかぬ 芝居の大入」
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