「鼻利き源兵衛」


 
あらすじ 狂歌に「貧乏をしても下谷の長者町 上野の鐘るのを聞く」と歌われた下谷長者町棒手振り八百屋の源兵衛という変わり者が住んでいた。

 ある時、商売の帰りに八百屋が嫌になり、世帯を始末し、日本橋白木屋の向かいに空き店を借りて古道具屋から買って来た、近江屋、三河屋、松坂屋の暖簾を掛けて店開きをしたが、売るものなどはなにもない。

 ある日、向かいの白木屋に立派な武士が訪れた。先祖代々から伝わる錦の布を鑑定してもらいたいという。店の目利きの者が総出でその布を調べたがどういう物か分からない。
番頭 「ただ今の所ではちょっと分かり兼ねますが、とにかく三日の間、御猶予を願いとう存じます。とくと取り調べましてご返答いたします」

 白木屋では布は預かったものの分かりようもなく、この布を軒先へぶら下げて、「この布の名、由来等を教えてくださった方には、御礼として百両差し上げます」、というを下げた。

 そのうちに風が吹いてきてこの布を巻き上げ、店蔵と奥蔵の間に落ちて折れ釘に引っ掛かってしまった。これを見ていたのは源兵衛一人だ。

 白木屋では預かり物の布が無くなって大騒ぎ、祈祷師、易者なども呼んで探すが見つからない。絶好のチャンス到来と源兵衛は白木屋に乗り込む。

源兵衛 「私は先祖から伝わりました秘法で、何でもぎ出す事が出来ます。一丁四方位は朝飯前、ちょっと気を入れて嗅げば一里位、よくよく念を入れて嗅けば十里四方は嗅げ出せます」、番頭は胡散臭い、怪しげな話とは思ったが、藁にでもすがる思い、ダメ元で源兵衛に布のありかを嗅いでもらった。

源兵衛 「台所の方から土蔵の方へ匂いますな。・・・庭の方・・・」、なんて鼻をクンクンさせながら適当なこと言いながら、折れ釘に掛かった布を見つける。白木屋は大喜びで二百両のお礼を差し出した。調子に乗って、
源兵衛 「また何かせ物がありましたらいつでも嗅いで差し上げますから・・・」なんて得意顔だ。

 二十日ばかり経って白木屋の番頭がやって来た。
番頭 「京都本店にお出入り先の近衛関白家でお預かりになっている定家卿色紙が紛失をして、どこを探しても見つからないとのこと。どうかあなた様に京都までお出でを願って、色紙の行方を嗅ぎ出していただきとう存知ます」、ちと困った源兵衛だが、京見物でもしながらあちこち嗅ぎ回っているふりでもすればいいと腹をくくって京へと旅立った。

 京へ着いた源兵衛、早速色紙の行方を、金閣、銀閣、南禅寺、嵐山、三十三間堂、・・・と嗅ぎ回ると言っての物見遊山を始めた。まだあき足らずに、祇園島原を隅から隅まで嗅ぎまわっての大豪遊となった。もう、嗅ぐところがなくなったと思ったらまだ御所があった。

 源兵衛、一度は御所の中を見たいものだと思い、
「どうも御所の中から匂いがいたします。御所内を嗅いで見とうございます」、平民を御所に入れるわけにもいかずに、源兵衛を左近尉近江屋三河屋松坂屋鼻利源兵衛と任官させ、衣冠束帯で御所内を嗅ぎ回らせた。

 いい加減疲れ、アホらしくなってきた源兵衛、庭の大きな木の下で休もうとすると、根元の空洞から何か飛び出て来た。これが色紙泥棒で、御所内に隠れたはいいが警護が厳重で外へ出られなくなってずっとここへ潜んでいるという。てっきり源兵衛の鼻でここを嗅ぎつけられたと思って観念して、色紙を差し出して命乞いをしている。

源兵衛 「この空洞から匂いが漂い出ておった。もう二、三日この空洞の中へ入っておれ。色紙さえ出れば自然と警護の囲みも解けるだろうから・・・」、色紙が出て来て近衛公は大喜びで、

近衛公 「まことにそなたの鼻はえらいものじゃ、何なりと褒美をつかわすから申してみよ」

源兵衛 「それでは遠慮なく、お金を沢山と、美女を百人ほど・・・それと吉野山という所は桜の名所で景色のいい所と聞いております。あそこに結構な家をこしらえていただきとうございます」、すぐに吉野に立派な御殿、鼻利御殿が出来上がった。

 さあ、この事がたちまち洛中洛外の大評判になって、
甲 「なんでも近江守藤原の鼻利源兵衛ちゅう御方の御殿だそうじゃ。源兵衛さまは十里以内なら何でも嗅ぎ出すという事じゃが、一度でいいからその鼻が見たいものじゃな」

乙 「そないに鼻(花)が見たけりゃ吉野へござれ」



  


 この噺は落語『御神酒徳利』と構想、展開が似ている。



「日本橋通一丁目略図」(名所江戸百景)
右が白木屋(現コレド日本橋)



白木屋
        


名水白木屋の井戸」碑・
漱石名作の舞台」碑
(コレド日本橋裏)



御所桜(吉野山



598(2017・12)




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