「一つ穴」

 
あらすじ 「捨てて見やがれただ置くものか藁の人形に五寸釘」、「悋気は女の慎むところ疝気は男の苦しむところ」と都々逸にも落語にもよく登場する悋気の噺です。

 三日も家を空けて帰って来た大津屋の旦那の半兵衛さん、またすぐに出掛けるようだ。おかみさんは嫌がる旦那に飯炊きの権助を伴に付けされる。権助にこっそりと小遣いをやり、行く先を突き止めようとの魂胆だ。

 旦那は小汚い身なりで、ぞんざいな田舎言葉を大声で喋る権助と店を出る。旦那は権助を何とか煙に巻いてしまおうと、絵草子屋に入り、権助が美人画に見惚れている隙に、そーっと店から出た。煙に巻いたと思わせて後をつけ出した権助さん。これが智将権助の策略だ。

 すっかり安心した旦那は柳橋あたりの路地を入った小綺麗な家に入った。権助が黒板塀の節穴から覗くと、旦那が色白のアマっこと、じゃらじゃらじゃらとじゃらついている。すると足元をに噛みつかれ、思わず、「痛ぇ!」と叫んでしまった。途端に障子戸がピシャと閉まって中の様子は分からなくなった。

 店へ戻って仔細をおかみさんに御注進に及ぶ忠義者の権助さん。話を聞くうちに、嫉妬で目が吊りあがり、鼻息が荒くなって来たおかみさん、ついに敵地に乗り込む覚悟をし、権助に道案内を頼む。そこまでするのはやり過ぎと押さえる常識者の権助さんだが、おかみさんは聞く耳を持たず、「お前も旦那と同じ、”一つ穴の狐”だね」ときた。権助さん、「狐だなんて言われたら承知できねぇ」と折れ、向うで喧嘩なぞしないようにと釘を刺し、敵陣へ出撃だ。

 向うの女に負けてはならじ、引けはとるまいと、厚化粧と高価な着物姿のおかみさんと、尻をはしょった薄汚れた身なりの権助の不揃いの珍コンビが柳橋を目指す。おかみさんの足の速さは宇治川の先陣争いの磨墨・池月の名馬も顔負けだ。女の家の前に着いたおかみさんは、ひとまず、荒い呼吸を整え、身なりを整え妾宅に入る。取り次ぎの女中に、「大津屋の与兵衛さんにババア(婆あ)が来たと伝えてくださいな」と切り出し、宣戦布告の先制攻撃だ。

 その勢いに押された女中は奥のお妾さんの所へ御注進。これを聞いたお妾さんは、「生意気なやつだね」と強気で涼しい顔で玄関にお出ましだ。そして厭味ったらしく、「半兵衛さんは奥でお休みですよ」と、その憎々しく自信ありげなこと。怒りと嫉妬と自負心とでおかみさん、「あたしは半兵衛の家内です」と大音声に呼ばわり、お妾がひるむ隙に、半兵衛が寝ている奥の座敷へ突進だ。

 おかみさんは叩き起されて驚き、あわてふためく半兵衛旦那を一気に攻め始める。もう半兵衛は落城寸前、切腹覚悟の状態になった。おかみさんは一緒に帰ろうと、半兵衛の袂(たもと)を引くが、半兵衛は世間体が悪いと嫌がる。あまりしつこく袂を引くので、怒った半兵衛さん、「女の一人くらい囲うのは男の甲斐性だ」と、へ理屈を言って開き直って反撃開始、窮鼠猫を噛むというやつだ。

 袂を引いたり押し返したりしているうちに火鉢の鉄瓶を倒して二人は灰神楽となり、半兵衛が投げた刺身皿が後ろの柱に当たって刺身がおかみさんの頭の上に降り注ぎ、刺身のつまが頭から垂れ下がってまるで幽霊、昼間からここはお化け屋敷となったか。
身の危険を感じたか、お囲いさんは厠(かわや)へ、女中は台所へ緊急避難だ。この騒ぎの隙にがしのび込んで来て残り物のをくわえて飛び出して行った。

 そこへ家の中のあまりの騒ぎに我慢が出来ず、権助さんが飛び込んで、二人の間に仲裁に入った。権助を見て、やっと顛末の飲み込めた半兵衛旦那は、「貴様がで連れて来たんだな、てめぇは犬だ、畜生だ」と口汚く罵った。犬とは聞きづてならぬと、

権助 「おらぁ国へ帰(けぇ)ると、権左衛門のせがれで名主様から三番目の席に着こうという家柄だ。どこが犬だ」

旦那 「何を言いやがる。あっちこっち嗅ぎ回って、つげ口するから、犬だ」

権助 「寄ってたかって畜生扱いだ。あんたは犬だ犬だといい、おかみさんは一つ穴の狐だと言った」


      



絵草紙店画本東都遊より)


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