「福禄寿」


 
あらすじ 深川万年町福徳屋万右衛門、福田が本名だが、福あり徳ありで福徳屋と呼ばれている。実子が十三人いるが、店を継いだ惣領の禄太郎は派手なことが好きな道楽者で、大きな事業に手を出したり、人の口車に乗せられて大金を騙し取られたりして店を身代限り、倒産させてしまった。まさに総領の甚六、甚だ。

 それに引き換え分家した次男の福次郎は遊びもせずに地道な商売一筋で店を繁盛させ、両親を本家から迎えて親孝行を尽くしている。禄太郎は何度も福次郎から金を借りては散財したり、事業に失敗したりを繰り返している。

 三番目の長女は船宿に縁付いているが、これも派手好きで芝居に凝って、ひいきの役者を引き連れて酒を飲んだりして金がなくなると福次郎に無心に来る。

 暮れの二十八日の雪の日に万右衛門の喜の字の祝いを催して親類一同が集まったが、敷居が高いのか、祝い品も持って来れないからか長男と長女は顔を見せない。

 祝いの場は大いに盛り上がっているが、福次郎は母親の身体に気をつかって離れの隠居部屋に先に引き取ってもらう。母親が炬燵に入っていると雪の中を禄太郎がみすぼらしい着物姿でやって来て、福次郎から三百円借りてくれとせがむ。

 「借りてくれ」、「そんな何度も、もう駄目だ」と、二人が押し問答をしていると福次郎がやって来たので母親は禄太郎を炬燵の中に隠した。福次郎は何かの時の入用の金と、三百円入った袱紗包みと灘の生一本の酒を置いて、商売仲間の忘年会に行かねばならないとすぐに出て行ってしまった。

 渡りに船と禄太郎は母親から三百円せしめ、おまけに酒を茶碗で五杯も立て続けに飲んで、雪の中をふらつきながら出て行ったが庭を出たところで滑って転んでしまう。

 酒もやらない福次郎は忘年会を早く切り上げて帰って来て、庭のそばでさっき母親に渡した袱紗包みを見つける。中には三百円が入ったままだ。実は禄太郎が金を借りに来ていることを察知して母親に渡した物だったのだ。母親の部屋に入って金を見せて、

福次郎 「・・・人にはみな分限というものがあって、兄さんのように欲しい欲しいと思ってやっと手に入れてもお金の方から飛び出して、またあたしの所に戻って来てしまった。一升袋には一升以上は入らない。無理に入れようとしても袋が破れてしまう。兄さんは小さい袋なのに大きな事ばかりしようとしているから、身代限りを続けているのでしょうね」と、しみじみと母親と話していると、戸をどんどんと叩く音がする。

 戸を開けるとすっかり酔いもさめて青ざめた禄太郎が立っていた。部屋に入って、
禄太郎 「袱紗包みを落としたのをやっと気づいて戻っと来て、庭で今の話を全部、聞きました。福の言うとおり、自分の分限をこの歳になって初めて知りました。福には甘えてばかりですまないことをいたしました。許しておくれ」と、深々と頭を下げた。

福次郎 「まあまあ、お兄さん、お手を上げなさって。分かっていただければ結構な事。どうかこの金を・・・」と、三百円を渡そうとするが、

禄太郎 「いやいやそんな大金は身につかない。すまないがそのうち十円だけ貸しておくれ」

 すっかり悟って心を入れ替えた禄太郎は十円を持って福島県へ行って荒れ地を開墾して、いくらかの資本もできた。それを元手に北海道に渡って亀田村を開拓したという福禄寿の一席。



福禄寿

 深川万年町は現在の深川1・2丁目で、 「深川七福神」の福禄寿の心行寺髪結新三』の閻魔堂橋跡、閻魔堂(法乗院)、『紫檀楼古木』の墓のある玄信寺、芭蕉ゆかりの採茶庵跡などがある。



海辺橋から仙台堀川
南岸(左)が深川万年町



心行寺
「深川七福神」の福禄寿
大田蜀山人が作詞した「北州」に、清元の節をつけた吉原の名妓だった
川口直が、夫の菩提を弔うために建てた宝篋印塔がある。『蜀山人



採茶庵(さいとあん)跡 《地図
杉山杉風の別宅「採茶庵」跡で、芭蕉はここから「奥の細道」の旅に出発した。

草の戸も住替る代ぞひなの家 



        
639(2018・1)




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