★あらすじ★ 江戸時代の消防組織には、町火消と若年寄直轄の火消屋敷があった。
神田の質屋伊勢屋の一人息子の藤三郎は子どもの頃から火事が好きでしょうがない。ついには火消しになりたくて町内の鳶頭のところへ頼みに行くが断られ、他所へ行っても鳶頭から回状がまわっていてだめ。仕方なく火消屋敷の火事人足、臥煙になる。体中に刺青(ほりもの)をし、家からは勘当されてしまう。
ある北風が強く日に、店の近くから火事が出た。質蔵の目塗りをしようと左官の親方を呼んだがこっちまで手が回らないという。さいわい火元からは風上だが万一人様の物を預る質蔵に火が入っては一大事と、あるじは高い所を怖がる番頭を蔵の屋根へ上げ、定吉に土をこねさせ屋根へ放り上げるが番頭は怖がって上手く受け取れない。顔に土が当たって顔に目塗りをしている有様だ。
するとこれを遠くから見ていた一人の臥煙が屋根から屋根を伝わってきて、番頭の帯を折れ釘に結んだ。これで両手が使えるようになり、番頭はこれで踊りでも何でもなんて両手をひらひらさせている。
やっとのことで目塗りも出来上がる。ちょうどその頃、火が消えたという知らせ。そうなると今度は火事見舞いの人たちが入れ替わり立ち替わりやってきて忙しい。紀伊国屋さんからは風邪をひいた旦那の代わりにせがれが来た。思わず自分の息子と比べ羨ましいかぎりで思わず愚痴も出る。
そこへ番頭がさっき手伝ってくれた臥煙が旦那に会いたいと言っていると取り次ぐ。旦那は店に質物でも置いてあるのだろうと思い返しあげなさいと言うが、番頭は口ごもってはっきりしない。よくよく聞いてみると臥煙は勘当した息子だという。もう赤の他人なんだから会う必要なんかないという旦那を、他人だからこそお礼を言うのが人の道だと諭され、それも道理、一目会って礼を言おうと台所へ行く。
竈(かまど)の脇に短い役半纏(やくばんてん)一枚で、体の刺青を隠しようもない息子の藤三郎が控えている。お互いに他人行儀のあいさつをかわし、旦那は息子の刺青を見て、「身体髪膚(はっぷ)これを父母に受く、あえて毀傷(きしょう)せざるは孝の始なり」と教えたのに親の顔へ泥を塗るとはお前さんのことだと嘆く。
横から定吉が旦那さんはさっき番頭さんの顔に泥を塗ったと茶化し叱られる。旦那が「お引取りを」、「それではこれでお暇を」と息子が言うのを番頭が引きとめ、おかみさんを呼ぶ。奥から猫を抱いたおかみさんが出てくる。火に怯えずっと抱いたままだという。
番頭 「若旦那がお見えでございます」
おかみさん 「猫なんか焼け死んだって構やしない」と猫は放り出されてしまった。せがれの寒そうななりを見たおかみさん、蔵にしまってある結城の着物を持たせてやりたいと涙ぐむ。
旦那 「こんな奴やるくらいなら打っちゃってしまったほうがいい」
おかみさん 「捨てるぐらいならこの子におやりなさい」
旦那 「だから捨てればいい、わからねえな、捨てれば拾って行くから」
おかみさん 「よく言っておくんなさった。捨てます、捨てます、たんすごと捨てます」
おかみさん 「この子は粋な身装(なり)も似合いましたが、黒の紋付もよく似合いました。この子に黒羽二重の紋付の着物に、仙台平の袴をはかして、小僧を伴につけてやりとうございます」
旦那 「こんなやくざな奴にそんな身装をさしてどうするんだ」
おかみさん 「火事のおかげで会えたから、火元に礼にやりましょう」
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