「軽業」(東の旅⑥)

 
あらすじ
 喜六、清八のお伊勢参りの二人連れ、ある村に入ると、61年目の屋根替え正遷宮とかで、えらく賑わっている。お祭り好きの二人は、急ぐ旅でもなしと、鳥居をくぐって白髭大明神の参道に入る。
両側には諸国の物売り、ぶっちゃけ商人(あきんど)の店が並んでいる。伊勢の名物貝細工、本家痰(たん)切飴亀山のちょんべはん、本家竹独楽(こま)屋、疳(かん)虫の薬の孫太郎虫など様々だ。

横手に入るとムシロ掛けの怪しげな見世物小屋だ。客寄せの声に引かれて喜六は大乗り気で、二人は中へ入る。
山から取れた「一間の大イタチ」が、立て掛けた板に血がついただけ。「天竺の白クジャク」が、頭上に干してある天竺木綿の六尺と三尺の褌(ふんどし)、目が3つで歯が2枚の「タゲ」は、ひっくり返したゲタ(下駄)で、まるで子どもの謎なぞ遊びだ。
「飛び入り勝手の取ったり見たり」は、相撲と思いきや爺さんが座ってシラミを取ったり見たりで、その気があったら一緒に取ってくれだと。しめて8文×4×2人分=64文の騙され損だ。

ぼやきながら裏手へ回ると軽業一座の興行の小屋が呼び込んでいる。ここはインチキ臭くなさそうで、二人分で64文置いて入ろうとすると、「銭が多い」と呼び止められる。引き返すと今度は「銭が足らん」だ。「足らん」と言ったら中へ紛れ込んでしまうからで、なるほど考えている。
さあ、中へ入ると六分の入りで、大勢でわいわい、ゴチャゴチャ言っているうちに、口上言いが出てくる。「さてこの度、当白髭大明神さま六十一年目屋根替え正遷宮の儀につき・・・・・」どこでも口上は長い。

やっと口上が終り、「早竹虎吉」の門人という「わや竹の野良一」太夫が登場し、綱渡りが始まる。
深草 の少将が(小野)小町の元へ通う足取(そくどり)」・「野中に立った一本杉」・「達磨大師は禅の形」・「邯鄲の夢の手枕(たまくら)」・「名古屋名城は金 のシャチホコ立ち」・「義経は八艘飛び」と、綱の上で見事な芸をこなして行く太夫。

お次は綱の半ばであちらこちらへ揺れる「沖の大舟(たいせん)の舟揺り」から、落ちると見せて足で止める軽業だ。
野田の古跡は、下がり藤の軽~る業、軽業~!」、片足でぶら下がるはずが、ちょっと 狂って下へドスーンと落下。
「あ、さて、あ、さて・・・・・」とまだ口上を言っている。
見かねた喜六、「おい、口上言い、いつまで口上言うてんねん。太夫さん大けがしてれるやないか」

口上言い 「ああ、長口上(生兵法)は大けがの元や」



    



 
*亀山のちょんべはん
は、竹片の上に小さな人形が乗せてあり、糸で飛び上がる竹細工の玩具。

*竹独楽は、大分「竹田のうなりごま」のような物か。



桂米朝の『軽業【YouTube】


   孫太郎食堂

孫太郎虫はヘビトンボの幼虫で、これを乾燥させ「疳の薬」、「強壮剤」として商われた。孫太郎虫売は香具師の三役格で、薩摩絣博多織結城の粋な身なりだったそうだ。

奥州街道(藤田宿→白石城下』
   

小町塚・少将塚・墨染井(劤浄寺境内) 《地図

ここは深草少将の屋敷跡で、池の東の藪蔭道は「少将の通い道」。少将は百夜通いの満願の日に伏見の屋敷から小町の屋敷を目指すも、大雪であえなく凍死してしまい小町とは契れなかった。

京街道(東海道五十七次)①

   随心院 《地図

このあたりの小野は小野一族の栄えた地で、境内には小野小町の文塚、化粧井戸などがある。
   文塚

小町に言い寄った深草少将らが、小町に送ったラブレターを埋めてあるとか。





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