★あらすじ もらった鯖(さば)をさばいて食べて当たって死んじまった喜六。額に角帽子、首から頭陀袋をぶら下げて、朦朧(もうろう)として暗いところを歩いている。見ると前に伊勢屋の隠居がとぼとぼと歩いている。
喜六 「・・・あんさんのお葬式、私、お手伝いに上がりましたんやで」
隠居 「わかってるがな。棺桶のすきまから覗いて見てたんや。お前、香典の中から千円ごまかしたやろ」
喜六 「帳場で香典計算している煙草屋の大将がどうしても千円あまる言うんで、気の毒なさかいに、千円ごまかしたら、ちょうど合うた言うて喜ばれましたんや」
隠居 「何をすんのや。しかし、なんでまたお前がここに?」
喜六 「・・・鯖にあたって・・・」
隠居 「そりゃあ、急な事やったなぁ。さぞかし心残りがあるやろ」
喜六 「戸棚へ直しといた片身の鯖、あれみんな食うて死んだらよかったと思うと、それが残念で・・・」、二人は閻魔様の裁きを受けるためにゆっくりと喋りながら歩いて行く。
その後から来たのが大金持ちの若旦那の引き連れた陽気な一団。娑婆を遊び尽くした若旦那、「あの世ツアー」を企画し、芸者・幇間・舞妓・おかみさん・仲居たちと河豚(ふぐ)の肝を食って仲良く娑婆とおさらばして冥途へと旅立った。
連中はがやがや、きょろきょろ、歌なんか歌いながら冥途の旅を楽しんでいる。若旦那が三途の川の渡り方を心配していると幇間の一八が交渉役になって川岸の茶店に行く。
一八 「確かここに亡者の着物を剥ぎ取る奪衣婆というのがいると聞いているが・・・」
茶店 「奪衣婆さんが着物を剥ぐなんてことは昔の話です。終戦後、そんな風習もなくなりました。奪衣婆さんは失業して収入の道を断たれて閻魔様に相談に行ったら、物好きで好色な閻魔様に気に入られて婆さんは大王の二号におさまりました。婆あといっても、まあ、あだな年増だけどね。暇な婆さんは「バー・ババア」を開いたんですが、そこにアルバイトに来ていた獄大生の赤鬼と浮気、間鬼をして、・・・」
一八 「ゴクダイセイちゅうのはなんのことで?」
茶店 「地獄大学です。地獄きっての名門校、エリート校で、きびしい受験地獄をくぐり抜けなければ入れません。浮気が閻魔様にばれて婆さんは地獄を追放になってしまいました。赤鬼学生は雷の五郎八に夕立の水汲みに雇われたんですが、慣れない力仕事で身体を壊してしまいました。婆さんは医者代、薬代を稼ぐために電話売春まで身を落としました。可哀想に娑婆から来た亡者に悪い病気をうつされて六道の辻で”のたれ生き”、娑婆の四国八十八ケ所をめぐって、いつの間にか冥界に戻り、「我が半生を語る」というインタビュー記事を「週刊地獄」に連載してこれが大好評、単行本にしたらベストセラーになって、熟婆ヌードを「醜聞フライデー」に載せるとこれが大人気。引っ張りだこになってTVのワイドショーや深夜番組の「カバー(婆あ)ウーマン」なんかにもなって。「我が半生」は映画にもなって、今は、講演などで稼ぎまくっています。なんでも”冥途ワーストの会”というのを立ち上げて、冥途の政界にも打って出るらしいです。いずれは女性初の閻魔女王の野心がちらちらとか、・・・というわけで、今では三途の川は船頭の青鬼に渡し賃だけ払えば渡れます」
亡者どもが渡し船に乗ると船頭の青鬼は、何の病気や事件で死んだかを聞いてそれで渡し賃を決めて行く。若旦那一行の番になって、
一八 「・・・全員、フグ食って、当たって、フグに死にました」
青鬼 「四苦八苦の苦しみだったろう。シク三十六とハック七十二で、百八、それを十倍して一人前、千と八十円もらおうぞ・・・」、なんていい加減きわまりない。
対岸に渡るとそこはメインストリートの冥途筋で六道の辻から立派な道路が延びている。辻の周辺には芝居小屋・映画館・居酒屋・料理屋・バー・キャバレーなどが目白押しに並んでいる。文化会館では講演会「自殺について」が開演中で、芥川龍之介・太宰治・三島由紀夫などそうそうたる連中が熱弁を奮っているが、亡者どもの関心は薄いようで客は少ない。一方、寄席の「米朝・枝雀師弟会」は大入り満員の大盛況。
亡者たちは念仏町で罪が軽くなる念仏を買う。ピンからキリまであって、それぞれの懐具合と相談して買うのだ。むろん日本国中、いや世界中の宗教の念仏?が取り揃っている。オウム教、PL教、天理教に金光教、エホバ教、幸福の科学、なんでもOKだ。六道銭しか棺桶に入れてもらえなかった亡者はここで泣きを見ることになる。”地獄の沙汰も金次第”とは本当のことだったのだ。
閻魔庁の正門前は亡者たちでひしめき合っているが、時間にならなければ開けないのは娑婆と同じ役所仕事。やっと門が開くと亡者たちは一斉になだれ込む。頃合いを見計らって出て来て、
閻魔大王 「・・・ただいまより厳しく詮議いたし、罪の軽重を問いただすべきところなれど、本日は初代閻魔の千年忌であるゆえ、一芸あるものは極楽へ通しつかわす」なんて、大サービスだが、総選挙を控えての人気取りだ。閻魔の人気も火刑学園とか冥界憲法の改正問題などで落ち込んでいるのだ。
亡者たちは我れ先にと、芸とは言えないような代物を披露して極楽行きを許されていく。しばらくして
閻魔 「今から名前を呼ぶ者はここへ出て来い。医者の甘井羊羹、山伏の螺尾(ほらお)福海、軽業師の和屋竹の野良一、歯抜き師の松井泉水、この四人は前へ出てここに並べ」、四人は「なんで、わたいらだけ残されたん」と、不安がっている。
閻魔 「医者の甘井羊羹は怪しげなる医術を用い、未熟なる腕で助かる病人もで腹の中に綿を詰めたりして殺してしまった。山伏の螺尾福海はインチキな加持祈祷を行い金銀をむさぼり取った。歯抜き師の松井泉水は、丈夫な歯まで抜いて金銀をむさぼった。軽業師の和屋竹の野良一は見物人の頭の上でハラハラする業を演じて、諸人の寿命を縮めた。四人とも地獄送りじゃ。熱湯の釜へ叩き込め!」、煮えたぎった五右衛門もびっくりするような大釜に尻込みしていると、
山伏 「心配しな、こう見えてもお山でちゃんとした修業もしてんのや。こうやって水の印を結べば・・・、チチンプイプイ・・・どうじゃ、もう日向水になったやがな」、いい湯加減になってみなで久しぶりの温泉気分だ。
医者 「おい、三助鬼さん、手ぬぐいと、石鹸、シャンプー、リンス、髭剃りを貸しとくれ。ドライヤーとヘアートニックも用意しといてくれや」、閻魔さん、大釜で茹であがるのを楽しみにしていたが、
閻魔 「けしからん奴らだ、針の山に放り上げろ!」、釜から上げられた四人は針の山に連れて行かれる。恐ろし気な針の山にビクビクしていると、
軽業師 「こんなもん、朝飯前、お茶の子さいさいや」と、三人を首、両肩の上に乗せてすいすいと針の山を登ってしまった。
軽業師 「おい、首に乗っているやつ、口上を言え、口上を・・」
歯抜き師 「東西(とざい)、東西~、首尾よく頂上まで登りつめましたる上からは・・・」、下で鬼どもが見上げてやんややんやの大喝采で、銭を投げるやつもいる。閻魔は地団太踏んで、
閻魔 「なんというふざけた亡者どもじゃ。すぐに人呑鬼を呼べ!」、飛んで来た人呑鬼は四人のところへやって来て、
人呑鬼 「こら娑婆から来て間もない連中やな。脂が乗って美味そうだわい」と、大きな口を開けて、舌なめずりをしながら近づいて来る。がたがた震えていると、
歯抜き師 「ここはわしにまかせとけ。こらぁ、人呑鬼、お前、虫歯だらけだぞ。抜いてやるからありがたく思え」と、虫歯はおろか、うまいこと言ってだまして歯全部抜いてしまった。
怒った歯無しの人呑鬼は、フガフガ言いながら四人を丸呑みしてしまった。
医者 「ここは鬼の胃袋だ。溶かされてしまうから長居は無用じゃ」と、全員腹の中に移動して、
医者 「いろんな紐がぶら下がっているじゃろ。これを引っ張るとくしゃみ、これが疝気筋、これを引けば鬼は笑いよる。この下が屁袋や。順番に引っ張って見いや」、さあ、大変、人呑鬼はくしゃみ、腹痛、笑い、おならを一人で大合奏。
医者 「よし、今度は思い切り一ぺんに引っ張ってやろう」と、四人で同時に引っ張ったもんだから、、こりゃたまらんと、
人呑鬼 「ああっ!、こいつら腹の中で暴れやがって、もう便所で出してしもたらん・・・」と、便所へ駆け込んで赤パンツを下ろして踏ん(糞)張り始めた。
腹の中では出されてはなるものかと肛門の上に四人が井桁を組んで横たわって、断固(うんこ)阻止だ。
人呑鬼 「ウーン、ウーン、・・・あ~ん、あ~ん・・・」、ついに泣き始めよった。閻魔さんのところへ泣きついて、
人呑鬼 「大王様、もう、このうえは、あんたを呑まなしゃあない」
閻魔 「わしを呑んでどうするのじゃ」
人呑鬼 「大王(大黄)呑んで、下してしまうのや」
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