「片棒」 雷門助六(八代目)


 
★あらすじ★ けちで一筋で一代で身代を築いた赤螺(あかにし)屋吝兵衛(けちべえ)さん。落ちているものは何でも拾い、くれる物は何でももらう。道で会った男がけちべえさんをからかい、屁(へ)をあげるという。けちべえさん両手に屁を入れ家に帰り菜畑の上で手を開け、「ただの風よりましだろう」

三人の息子の誰に跡を継がせるか、けちべえさんの葬式の出し方を聞いて了見を知ろうとする。
まずは長男の一郎の話。日比谷公園を借り切り、紅白の幕と花輪、入口に呼び込みの音楽、軍艦マーチを流す。まるでパチンコ屋だ。一万円の札束を誰にもやらんと抱えたけちべえさんの写真を飾り、棺は鋼鉄製の小判型、出棺は夕方の五時、セスナ機が公園の上を飛び、花火を打ち上げ、「ばんざい」・・・・こんな調子でけちべえさんから「バカヤロー」と一喝される。

次が次郎の葬式の出し方。出棺の葬列は木遣(きやり)を先頭に神田囃子の笛、太鼓で練って歩き、手古舞が続き、手にそろばんを持ったけちべえさんの人形の山車(だし)が出て、その後から衿に「赤螺屋」と入れた半纏(はんてん)を着た店の者が神輿をかつぎ、親戚の総代が弔文を読み上げる。「赤螺屋吝兵衛君、平素粗食に甘んじ、ただ預金額の増加を唯一の楽しみとなせしが、栄養不良の結果、不幸にして病におかすところとなり、あの世高天の人となり、今また山車の人形となる。ああ、人生おもしろきかな、また、愉快なり・・・・・」これもけちべえさんに「バカヤロ−」と叱られる。

最後は三郎の番。馬鹿げた金のかかる葬式ではなく、しみったれに、質素にやるという。チベットのように死体を軒に吊るして鳥につつかせ自然に消滅させるのが一番いいが、これでは世間体が悪いので、やはりお棺に入れる。白木の棺はもったいないので、たくわんのつけ樽で間に合わす。けちべえさんは、この話にすっかり乗り気になってきた。
けちべえ 「新らしいのはもったいないから、古い樽にしておきなよ」

三郎 「荒縄を掛け丸太を通し、人足を雇ってかつぐのは金がかかるから前棒は自分が担ぎます・・が・・、後ろを担ぐ人間が・・・」

けちべえ 「ああ、心配するな、その片棒は俺がかつぐ」

 収録:昭和62年3月
文化放送「菊正名人会」



       


 
★見聞録★
 雷門助六さんが80歳の時の高座です。ゆっくりではありますがしっかりした口調で演じています。
長男と次男の葬式の出し方は演者によりいろいろ変えています。春風亭小朝は日比谷公園でなく、ディズニーランドにしていました。

けちべえさんの「けち」の仕方は徹底して見事で、ここまでしても店の奉公人たちがついてきてくれればお金も貯まるでしょう。
サゲの一言がこれまたさすがの面目躍如の傑作で、けちべえさんならではの哲学すら感じます。実際、棺から起きだして後棒を担ぎ出したかも知れません。そのくらいの気構えとけち根性の持ち主です。

まあ折角けちべえさんが一代で築き上げた身代も、三人息子によって食いつぶされてしまいそうです。三男の話も、けちべえさんのけちに合わせての作り話臭く、本当の魂胆はどんなものでしょうか。葬式の出し方を気にするようなちょっと弱気になったけちべえさんですが、こんな様子ではそう簡単には死ねないと気を取り直し、三人の息子を鍛え直し、立派に後を継ぐ「けちの赤螺屋二代目」を育てる決心をしたことでしょう。

*赤螺(あかにし)は、海産の巻貝。殻は高さ20cmほどの拳(こぶし)状で厚く堅固。この貝がふたを閉じた様子を、しっかり物を握った拳に見立てて、非常にけちな人をあざけっていう語。(三省堂大辞林)

*木遣とは、民謡。木遣り(大木などを多人数で音頭を取りながら運ぶこと)の際に唄う歌。また祭礼の時、山車や山鉾(やまぼこ)を引く時に唄うものをもいう。(三省堂大辞林)

*神田囃子は、神田祭の祭り囃子。

*手古舞とは、江戸時代の祭礼で、男装の女性が山車(だし)や神輿の先駆けをして舞った舞。姿は男髷(まげ)、右肩ぬぎの派手な襦袢(じばん)、伊勢袴、手甲、脚半、足袋、わらじ、というもので、背に花笠を掛け、鉄棒を突き、牡丹を描いた黒骨の扇を持ち、煽ぎながら木遺(きやり)などを歌って舞い歩いた。(三省堂大辞林)
富岡八幡の手古舞」(江東区のHP)

チベットの葬儀、死体処理方法の鳥葬



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