「三人兄弟」

 
あらすじ 船場の大店の息子の三人兄弟は、みな道楽好きな極道者で旦那は誰を跡取りにしたらいいやらと頭が痛い。

 一番上が作次郎新町の九軒の吉田屋、キタは平鹿あたり、ミナミ宗右衛門町の富田屋あたりで遊んでいる。その身なりはというと鉄無地の羽織に焦茶の紐、博多の帯、白足袋、畳表の堂島下駄というごく上品な風だ。

 二番目の彦三郎は新町だと越後町、ミナミは中筋あたりで、着流しの雪駄ばき、ちょっと三味線の爪弾きで新内でもという垢の抜けた遊び。

 三番目の市松は兄貴たち大違いで、船場の魚半てな遊び人と付き合ったりして、言葉つきから風体まで変わっている。 河内縞の着物、南部表の五分高、八幡黒の鼻緒の神戸下駄を履いて、懐には半紙が四つ折りを入れ、喧嘩の時はこれを水に浸 して額へ当て、その上から鉢巻をして刃物が通らないよう、切られても血が目に入らんようという、始めから負ける支度を整えている。そんなら最初(はな)から喧嘩なぞしなければいいのだが。遊び方もどじょう汁か何かで冷酒をあおって、新町の吉原筋から松島あたりを流して歩こうと手荒い。

 三人とも極道が過ぎて二階へ幽閉の身となった。作次郎は今日は新町の女と約束がある。手水場から外を通り掛かった市助を呼び、夜になったら裏手の屋根に梯子を掛けるように頼む。

市助 「それだけは堪忍しとくなはれ。もしもあとで旦さんに知れたら、わたしこの町内へ置いてもらわれしまへん」

作次郎 「お前が人に言えん病気もろうて来て、銭もなくて困ってるときに、道修町から薬買うて来てやったこと忘れたんか。・・・お前の欲しがっていた煙草入れと、別に一分あげるよって・・・」と、市助を買収し脱出作戦の交渉が成立した。

 さて、その晩、作次郎は弟たちが寝てしまった頃を見計らって部屋を抜け出して屋根へ下り、市助に合図して梯子を掛けさせる。屋根の端で小便をしている隙に、作次郎が抜け出した気配を感じた彦三郎が梯子を下りて、そのまま行ってしまった。続いて作次郎も梯子を下りて、市助に煙草入れと一分金を渡して新町に直行して行った。

 部屋に一人だけ残った市松さん、早くから寝て目が覚めてしまった。兄貴たちは寝ているものと思って二人に語りかけるように、ぺらぺらと新町の女のことなんかを喋り始めた。やっと二人がいないのに気づいて、
市松 「あっ、二人ともいやがれへん、よし、俺も行てこましたれ・・・」と、梯子なんかは使わずに屋根から道へポイッと飛び降りてそのまま遊びに行ってしまった。

 翌朝、新町通りでばったり会った作次郎と彦三郎が新町橋まで来ると市松に声を掛けられる。三人で一緒に店に帰ると、店先に旦那がでんと座っている。

 まずは作次郎が入って、「昨晩、謡の会がございまして、・・・まことに会が盛り上がりまして夜通し・・・」

旦那 「嘘つきなはれ、夜通しで謡の会なんて。はよ、二階へ上がって大人しくしてなはれ」

、続いて彦三郎 「実は昨晩、宗匠のうちで巻開きがございまして・・・早よ、帰ろうと思いましたんやけど抜けられずに、つい夜通し・・・」

旦那 「もう、分った、分った。嘘つきなはれ。二階へ上がりまひょ」、さてどん尻に控えしが、

市松 「親父、婆、いま帰ったぞ。こらぁ、お帰りなさいと出迎えんかい! わしゃ、新町行て来たんじゃ、姫買いに行って来たんじゃい、嘘も隠しもせんねや。 おい、茶沸いたら知らせ、飯食うたるさかいに、支度がでけたら二階へ持って来い。どない思てけつかんねん。♪はあ、テトロシャンシャン・・・」

おかみさん 「堪忍しとくなされ。三人も子ども産みながら、三人とも極道、兄たちは謡とか、発句の会とか言い訳してんのに、市松だけは親の前もはばからず姫買いやなんて・・・」と泣き出した。

旦那 「何も泣きなさることはない。うちの跡取りはあの市松に決まったよなもんや」

おかみさん 「まぁ~、選りに選って何であんな無茶もんを跡取りに?」

旦那 「あいつだけがホンマのこと言いよった」

 笑福亭松鶴(「おはよう名人会」・昭和63年2月)


     








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