★あらすじ 晩秋の大和平野を、年頃四五、六の侍がのんびりと北へと向かっている。すると、百姓家の脇から一五、六の娘が飛び出して来た。
娘 「お侍さま、どうかお助けくださいませ」
侍 「なに、身共に助けてくれとな。・・・そなたの物腰、格好、その言葉の使い方・・・そちは人間ではないな。・・・キツネであろう」
娘(妹狐) 「さすがはお武家さま、私はケツネです。どうか狩人の甚九郎のところに捕まっている婚礼が間近な姉狐をお助けください」、侍は娘と甚九郎の家に向かった。娘は入口にいる赤犬を見ると怖がって姿を消してしまった。侍が中に入ると土間に大きな狐が吊るされている。
侍 「ちと仔細あってのこどだが、あの、狐を逃がしてやってくれぬか」
甚九郎 「逃がしてくれ、なにを寝言をほざいておる。わしら狩人、捕らえた獲物を売った金で食うておるのじゃ」
侍 「それはもっともじゃが、その狐には母狐もあ り、また妹狐もあることじゃで・・・」
甚九郎 「ははぁ、わりゃ狐の眷属じゃな。侍に化けてこの狐を助けに来たんやろ。まごまごしているとお前もひっ捕まえて売り飛ばしちまうぞ」
侍 「なに?身供が狐?、武士たるものが頭を下げての願い じゃ、逃がしてやってくれ、助けてやってくれ」
甚九郎 「よっしゃ、こっちも商売じゃ。五両なら売ってやる。びた一文まかりゃせんぞ」と大金を吹っ掛けた。侍は五両を払って姉狐の縄を解かせ、狐に向かって、
侍 「これしきのことを恩に着せるではないが、”袖摺り合うも多生の縁”、身共これより先の道中を、 なんじ性(しょう)あらば我を守ってくれ、よいか、早よ、行け!」と、逃がしてやって甚九郎の家を出た。
すると甚九郎の家の中ではさっきの娘が現れ、
娘 「お父っつぁん、お父っつぁん、上手いこと行たかえ」
甚九郎 「あぁ、お種か、上手く行たで、小判で五両や」、お種は着物、帯、簪(かんざし)、白粉やらを買ってくれとせびる。
甚九郎 「あぁ、なんでも買うてやる。しかしお種、おまえケツネの物まねよう出来たのう。一生懸命に勉強したお陰で、役者も及ばんほどの上手い芝居じゃったわいな」
甚九郎がさっきの五両を置いた仏前に行くと、小判が柿の葉五枚に変わっている。
甚九郎 「おのれ!あの侍もケツネだったか。この仕返し・・・」、火縄銃を持って侍を追いかけて行った。
一方の侍は郡山の町へ入り、源九郎稲荷にお参りして紀の国屋という宿に泊まる。風呂から上がって酒を飲みながら旅日記をつけていると、白髪の老人がス~ッと入って来た。
侍 「何者だ!武士の寝所と知って忍び込んだか」
老人 「甚九郎の家で助けてもらったケツネでございます。ケツネと化けた甚九郎の娘が姉狐を助けてとあなた様をだまし、甚九郎に払った小判五両を柿の葉にすり替えてお返しにまいりました」
侍 「さようか、それはかたじけない」
老人(狐) 「まだ油断はなりませぬぞ。隣の部屋で甚九郎があなた様を狙っています」、侍が襖を開けると甚九郎が火縄銃に火をつけて侍に向けたが、
甚九郎 「あぁ、・・・身体がしびれて動かん。手足の自由がかなわぬは、これもやっぱりケツネさまのお力じゃろか。恐ろしや、恐ろしや」、外で時の鐘が鳴った。
侍 「甚九郎、今なる鐘は何時じゃ?」
甚九郎 「初夜の刻でございます」
侍 「なに、初夜? 貴様が狩人で狐が来て、今が初夜(庄屋)か、まるで狐拳じゃなあ。甚九郎、今までのことは水に流してつかわす、これより立ち帰って、 娘の狐に”ここへ遊びに来い”と言うてやれ」
甚九郎 「いやあ、娘も恥ずかしいて、なかなかここへはコンコン(来ぬ来ぬ)」
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