★あらすじ 本郷のある大名の殿様、庭の雪を眺めていたら向島の雪見がしたくなった。側用人の田中三太夫をお供にお忍びで屋敷を出て、湯島の切通しから池之端仲町、下谷広小路までやって来ると小料理屋が並び、煮売屋からはいい匂いが漂って来る。
腹の虫が鳴って来た殿様は、三太夫が下々の者どもが入る店だと止めるのも聞かずに縄のれんをくぐって入って行く。
店の者 「へい、らっしゃい。宮下へどうぞ」で、柏手を打って大神宮さまの下の醤油樽に座った。
殿さまはいい匂いのする鍋の名が分からず、
殿様 「あそこで町人の食している物は何と申す」、店の者が早口で言う、ねぎまが、「にゃー(ぎま)・・・」に聞こえて、
殿様 「さようか、そのニャーを持て・・・」
店の者 「へい、ねぎま一丁、酒は三六かダリで」、三六は一合、三十六文、ダリ(駕籠屋などの符牒で4のこと)は四十文の灘の生一本で、そこは殿様、ダリを注文。運ばれてきたグラグラと煮立った小鍋の中は、ねぎの青いところも、マグロの骨も血合いも混ざっている。
早速、殿様、箸でねぎをつまんで口に入れて噛むと、ぴゅーと熱い芯が鉄砲のように飛び出て喉を直撃。目を白黒させて殿様、「このねぎは鉄砲仕掛けになっておる」、熱くてマグロのだしの効いた鍋と、ダリをお代わり、二合飲んで殿様はすっかり満足。すっかりいい気分に酔ってしまってもう向島などには行く気もなくなり屋敷へご帰還と相成った。
さあ、広小路で食べたねぎま鍋の味が忘れられないのは、「目黒のさんま」の殿様と同じ。料理番の斎藤留太夫を呼んでねぎまの注文だ。「ニャーが食したい」、留太夫、殿様の前で、「ニャーとはニャンでございますか」とも、「ニャンとも分りませぬ」とも言えず、困り果てて三太夫に聞きに行って納得、早速ニャーを料理して殿様の御前に。
あの店の味を期待していた殿様、出て来たのはさめたお椀の汁。一口食べてあまりのまずさにがっくり。そりゃあそうだマグロは血合いなんかは捨てて蒸して、ねぎは白いところだけとろとろに茹でてしまって、あのニャーとは名ばかり、似ても似つかぬ代物だ。
殿様 「これはニャーではない。チューではないか。ミケのニャーを作って参れ」、留太夫、殿さまは日本語を喋っているのかと耳を疑って、また三太夫のところへ。
三太夫 「ねぎの白と青いところ、マグロの血合いの色で三毛猫の「ミケ」、貴殿の作ったのは鼠色一色で「チュー」である」と、見事な翻訳、迷訳?だ。
今度は留太夫、ねぎまを三太夫のレシピどおりに料理してぐらぐら煮立った鍋を、「ミケのニャーを持参いたしました」と、差し出したところ殿様、「これぞニャーである。酒のダリを持て、三六はいかんぞ」、ニャーとダリで大満足の殿様、
「留太夫、座っていては美味うはない。醤油樽を持て」
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